夕立と東の魔女【短編】

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「いえ、そうですね、仕事運をお願いします」 「仕事運。わかりました。ではお手を拝見いたします」 「あれ? 手相占いなんですか?」 「他にもありますよ。観相とか四柱推命とか。タロットでも。こだわりはあります?」 「いえ、特に」  なんだか妙に適当だな。  そう思っていると、占い師の女は俺の左手首を掴んでしわをなぞる。 「アレルギーはありますか?」 「アレルギー?」 「そう、アロママッサージやるから」 「アロマ?」 「リラックスした方がいいでしょう? 体が固まってると頭も固まるからね。どの匂いが一番好きかな」  占い師は机の下から素早く5本ほどの色とりどりの小瓶と白い陶磁の丸いポッドを出した。  その途端にフワリとフクザツな香りが漂う。オレンジのような、バラのような、ミントのような、そんな色々な香りがまざりあう香気。  1本ずつ軽く鼻にあてると、一つ嗅ぎなれた爽やかな香りがした。 「これは、りんご?」 「そう、青りんご。よくわかったね」 「ええ、まぁ」 「ちょうど季節だよね」  占い師は青りんごのアロマをとり、用意されたオイルに数滴垂らすとふわりと香りが広がった。なんとなく淀んで垂れ込めた雨の湿度がそこだけ霧散した、気がした。  それからポットの上部にペットボトルから水を入れてそこにも数滴。ポットの下にキャンドルを入れると、ふうわりとした香りがまた広がる。その空気の塊が周りの雨の湿めったい臭いを押し出して、青りんごの香りのシャボン玉のなかにでもいるような清涼な気配に包まれた。
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