罪と罰

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ガタン ゴトン…… 心地よい揺れに身を任せ、しばらく眠っていた。誰かの声がして瞼を開けると、そこは電車の中。薄暗く、ライトがチカチカ点いたり消えたりを繰り返している。 「どこだ、ここは?!」 起き上がり、座っているベンチを手のひらで触ると異様な生温かさを感じた。古臭く、所々には茶色いシミが出来ている。 『やっと、目が覚めたか』 「誰だ!!」 首を回しても誰もいない。揺れているのは、吊り下がったビリビリの広告と薄汚い吊り革だけ。 『お前は生前、たくさんの罪を犯してきた。お前はもうすぐ病気で死ぬ。お前の終着駅までこの電車は乗せて行ってくれる』 「俺、病気で死ぬのか?死ぬなんて嫌だ!」 『何を勝手な事を言っている?たくさんの人の命を奪ったくせに。罪を償わず、のうのうと生きていたくせに。お前には罪の意識はないのか?被害者に謝罪の気持ちはないのか?』 「ない!だったら、人殺しを続けたりなんてしないからな」 俺は腕を組みながら、ベンチに深く腰を掛けた。 『本当に腐ったヤツだな。終着駅にたどり着くまで、せいぜい苦しむんだな』 それから、その奇妙な声はしなくなった。 「苦しむ?俺は終着駅に着いたら死ぬんだろ?もう苦しむ事なんてないだろ?」 しばらく、心地よい揺れの中に意識が入っていると、左車両あたりからバタバタと走る足音が聞こえてきた。 それは、段々と大きくなる。 「死ね!!」 バッと目を開けると、若い女が俺に乗っかり首に細いワイヤーを引っ掛ける。 そのワイヤーが首に食い込んで、呼吸が苦しくなっていく。   「お前は私を殺した!苦しかった。痛かった。怖かった。同じ方法で殺してやる!!」 その女の目は血走っている。 俺がこの女をこ、殺し、た? 覚えていない。 く、苦しい……酸素がない。 呼吸が……出来ない……。 俺は足で女の腹を蹴ったり、拳で顔を殴る。血だらけの女は、それでもニタニタしながら離れてくれない。 こ、殺される!! た、助けて、くれ〜!!! ガタン ゴトン…… 「はぁ、はぁ、はぁ……」 俺はまた薄暗い電車の中で目を覚ます。 何だったんだ?今のは?夢か? ヤケにリアルでびっくりだ。 首を触ってみると、ワイヤーの痕らしきものが付いている。向かいのガラス窓に寄ると、痛々しい一直線のラインが映り込んだ。 冷や汗が背中をツーッとなぞっていく。 「死ねー!!!」 今度は、右の車両から聞こえてくる叫び声。 それは1人じゃない。数人の声。 若い女。若い男。おじいさん。 そいつらは、手にナイフやら包丁を持っている。 「うわぁぁぁぁ!!!」 左車両に向けて走り出す。鈍臭い俺は、足が絡んで倒れ込んだ。鉄の冷たい感触を頬に感じると、背後に殺気を感じて振り返る。 「死ねー!!」 「よくも殺したな!」 「お願いだから、死んでくれ!!」   目の前に赤い血飛沫が上がると、ザクザクと刺される音と共に、気絶しそうな痛みが全身を蝕む。痛いと思う暇もなく、次から次へと激痛が脳天に突き抜ける。 こんな痛みが続くなら、死んだ方がマシだ。 ガタン ゴトン…… 目を覚ますと痛みは無くなっていたが、俺は生温い血の池に寝転んでいた。 怖かった……痛かった……終わって、一安心。 鼓動が早い……まさか、俺が殺した人たちが復讐しに来ている? しかも、殺された方法で? 初めての殺人は首絞め。 次はナイフでの無差別殺人。 次は……? 突然、電車が停まり、どこかの駅に着いたみたいだ。俺は壁に手を添わせながら、電車を降りた。 どこの駅だ? どんよりした雰囲気と吹き抜けるひんやりした風。全身に鳥肌が立つ。 もう、逃げ出したい。 このまま、終着駅にさっさと行かせてくれ。 ヨロヨロと向かいのホームへ向かうと、  「お前、死ね!!」 小さな声が背後から聞こえると、ホームの下に突き落とされた。 線路に倒れ込むと、右方向から光を感じた。それは走行音と共にこっちに近づいてくる。 このままだと電車に轢かれる!! 体が動かない……小さな女の子や男の子が体の上に乗っかって身動きが取れない! 「わたし、痛かったんだよ」 「ぼくもすごく痛かった」 「ぎゃあぁぁぁ〜!!」 光が瞼を焼くと、全身が吹き飛ばされたみたいにふわりとした。体中の骨が砕け、内臓が破裂した音が耳に響くと、一瞬の激痛と共に意識がフッと飛んだ。 ガタン ゴトン…… 「はっ、はぁ、はっ……」 今度は、電車に轢かれた。 小学生を誘拐し、気絶させた状態で線路に放置した事がある。 あの子たちはあんなに怖くて、あんなに痛い思いをしたんだな…… 今さら後悔しても仕方ないが、俺はなんて事をしていたんだろうか。 何で人殺しなんて事……。 次は誰を殺した? どんな方法で? もう、痛い思いをするのはごめんだ!! 「おい!早く終着駅とやらへ連れて行け!もう、痛い思いをするのはごめんだ!」 『あなたがあの人たちにした苦しみ、痛みはどうでしたか?謝罪したいと思いませんか?』 「すまなかったと思っている」 『全然、気持ちがこもっていませんね?』 「悪い事をしたと思っている!」 『仕方がない人ですね。そんなに終着駅に行きたいのなら行かせてあげます』 電車が急停止する。 扉がゆっくり開くと、俺は足を終着駅に踏み入れる。 そこは無音で、風も吹かない、時が止まっているかの様に感じた。 ここが死の世界? 改札に向かうと、 近付いてくる黒い制服の駅員。 『舌を出して下さい。これで改札を通れます』 俺は舌を出す。 ガチン! 舌を見ると、丸い穴と共に映し出された焼印。 〝地獄行き〟 「じ、地獄?!」 『生き地獄へ 逝ってらっしゃい』 その声がすると同時に、俺は無数の腕に捕まれ、暗黒の闇の中に消えていった。 終
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