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私には大好きなブランケットがある。
それは、薄ピンク色で。
縁取りは可愛らしいレース。
そして、右下の角には私のイニシャルの刺繍。
私がまだ赤ちゃんの時に、病気で亡くなったお母さんの匂いやぬくもりを感じるブランケット。
あれから何十年経っただろうか。
色褪せて、ぼろぼろになってしまい、縁取りレースもほつれてしまったけれど……
今でも大切な宝物だ。
「元気に産まれてくるんだぞー」
夫の優しい手のひらが、大きくなったお腹のラインを撫でる。
私はもうすぐ母親になる。
「無事に産まれてくるんだよ」
お腹をぽこぽこ蹴るサイン。早く会いたいなって言ってくれているみたい。私はほとんど、お母さんのぬくもりを知らずに育った様なもの。だから、この子にはたくさんのぬくもりを感じてもらいたい。たくさん抱っこしてあげたい。
出産予定日の1週間前、突然お父さんが誰かを家に連れてきた。
「ブランケット製作所?」
受け取った名刺には、そう書かれている。
「はい、私、ブランケットを作っております」
黒縁メガネをかけた白髪のおじいさんは、皺を目尻に寄せながら微笑む。
「どういう事ですか?」
「私は亡くなった人の皮膚を剥いで繋ぎ合わさせて、ブランケットを作っているんです」
「……え?亡くなった人の?」
怖くなって手足がカタカタ震える。私はブランケットの縁を握りしめる。
「実は、そのブランケットも……」
お父さんが話し出した内容は、信じられないものだった。
「こ、このブランケットが……お母さん?
えぇ?!う、うそでしょ?!」
「お前のお母さんが病気で亡くなった時、この人がお母さんの皮膚からそのブランケットを作ってくれたんだ」
私はブランケットの表面を撫でる。これが、お母さんな訳ないよ!これが、亡くなったお母さんの皮膚だなんて!
「お母さんは妊娠中に病気に気づいたんだ。お前を産んでも、一緒に居られる時間は少ないって感じていたから、この誓約書を書いたんだ」
机の上には一枚の白い紙。
〝ブランケット誓約書〟
「お母さんは自分の体を引き裂いてでも、お前に自分のぬくもりを感じて欲しかったんだ。母親というぬくもりを。だからブランケットになる事に決めたんだよ」
止めどなく流れ落ちる雫が、ブランケットに濃いピンクの水玉を付けていく。私はそれを胸の前でぎゅっと握りしめ、そのぬくもりを目一杯感じる。
お母さんは、私に自分のぬくもりを感じて欲しくて、自らブランケットになる事に決めたんだ。
「お母さん……温かいぬくもりをありがとう、ありがとう……」
その製作所のおじいさんは、製作についての話を色々してくれた。特殊な液体に付け、ある特殊加工を施すとふわふわな感触になるらしい。そして、お母さんが誓約書をサインした日の事を話してくれた。そのおじいさんの笑顔は、太陽みたいに暖かかった。
出産予定日の1日前。
私は就寝中に痛みを感じて夫を起こし、急いで病院へ向かった。
車内で陣痛はどんどん強くなっていき、私はお腹を抱えながら蹲る。
私はこの子を産みながら、直感で何かを感じ取っていた。
「出血が多い!帝王切開に切り替えましょう!」
周りがざわついている。
看護師さん達がバタバタしている。
青白い顔した夫が隣にいる。
……私、死ぬのかな?
ごめんね、あなた。
私、たぶん、この子には会えない。
この世に産んではあげられるけど、抱きしめてあげられないかもしれない。
身体中を循環している血液が、もう足りないのかな。なんか頭もふわっとする。
でも、大丈夫だね。
私もサインしたんだから
〝ブランケット誓約書〟に。
この子に本物のぬくもりはあげられないけど、私がブランケットになって、あなたを四六時中包んであげるから。
それでも、充分、愛を感じたんだから。
遠ざかる意識の中、
聞こえてくる愛しい泣き声。
私はあなたにぬくもりを届けるね。
たくさんの愛で包んであげるからね。
だから、どうか、幸せな人生を——。
end
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