第6章 夏が終わる焦り

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第6章 夏が終わる焦り

 静かな図書館に低い振動音が響く。リュックの中に入れているスマートフォンが震えていた。私は慌てて図書館を出ると、スマートフォンを取り出した。母からの電話だった。  ――果純、あなた夏休みはいつなの?  開口一番そう言われた。その言葉を聞いただけで、全身から汗が噴き出してきた。私は辺りを見回すと、人通りのなさそうな場所に移動した。  八月も中旬に差し掛かっていて、もうすぐお盆がやってくる。社会人に長い夏休みはないけれど、お盆に休みの会社は多い。お盆には娘が帰ってくると、実家の母は考えていたのだろう。 「あー、お盆は休みじゃないんだよね。ほら、サービス業でしょう? 土日もお盆も関係ないんだよね」  声の大きさに気をつけながら、私はあたかも前の会社に勤めているかのような口ぶりでしゃべった。勤めていた会社は社会人向けの教育サービス企業だったので、世間が休みである土日のほうが忙しい。 「夏休みは希望制なんだけど上司や先輩たちからスケジュール決めるし、新入社員はなかなかまとめて休みが取れないんだよね。私の夏休みも飛び飛びだから、実家に帰ってもゆっくりできないんだよ」  先輩社員がしゃべっていた会社の夏休みに関する情報を必死にしゃべる。六月末で退職した私には、実際にはどうやって夏休みのスケジュールを決めているのかわからなかった。  ――ふーん、忙しいのねえ。食事はちゃんとできてるの? 「できてるよ。大丈夫」  ――年末は? お正月くらい休めないの?  辞めた会社の年間カレンダーはもはや私の頭から消去されている。
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