第6章 夏が終わる焦り

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 TRCはサービス業ではないが、夏休みは会社で一斉に休むのではなく各自の予定に合わせて休みを取るシステムになっている。行楽地の混雑を避けて九月ごろに取る人もいるが、家庭のある人はお盆に取る場合が多いと佐野さんから聞いていた。  社員は夏休みとして五日間の特別休暇の消化が義務付けられているが、アルバイトにはない。申請すれば有給扱いにできるから夏休みは自由に取ってくださいと佐野さんから言われている。アルバイトにまで有給休暇のあるTRCの待遇に驚きつつ、特に予定もないので休みは取らずにいた。  結菜ちゃんは祖父母の家に行くため、今週は休みだった。会社の駐車場もいつもより車が少なかった。青戸さんの軽ワゴンも、佐野さんのクロスバイクもなかった。  須原さんはお盆休みも関係ないらしく、毎日会社にいる。須原さんは昼休みでもパソコンに向かっている。須原さんのタイピングは素早く、パソコンのキーを叩いているより鍵盤楽器を演奏しているように見える。軽やかな打鍵音は軽快な音楽にすら聞こえた。私は須原さんの打鍵音をBGMにスマートフォンをいじっていた。  須原さんの夏休みはいつなのだろう。須原さんが休みならここの仕事も休みになってしまう。そうなったら私も休みになるのか、それともまた青戸さんや草壁さんの手伝いができるのだろうか。 「須原さんの夏休みはいつなんですか?」  須原さんに聞いてみると、部屋に響いていた打鍵音が止まった。少しの間があってから「もう取りました」という返事が聞こえた。
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