第6章 夏が終わる焦り

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「あ、そうなんですか?」  私の返事は再開された打鍵音にかき消された。いつの間に夏休みを取っていたのだろう。もしかしたら、私たちがここに来る前の七月上旬にでも取っていたのだろうか。  そんなことを考えているとキーボードの打鍵音が再び鳴りやみ、須原さんがこちらを向いた。 「山岸さんがお休みなので、聞いてもいいですか?」  不意に切り出され、何事だろうかと体に力が入る。 「藤沢さんはコミュニケーションが苦手といっていますが、コミュニケーションを克服して何がしたいんですか?」  根本的で直球の質問だった。結菜ちゃんがいては答えにくいと思って、あえてこのタイミングで聞いてくれたのだろう。 「ええと、そうですね……。きちんとした社会人になりたいんです」 「きちんとした社会人」  須原さんが繰り返した。 「それはつまり、アルバイトではなく正社員で働きたいという話ですか?」 「それもあります。……それが一番大きいかもしれません。私はきちんとした社会人になるのを失敗してしまったので」  私は体が弱くて教員を諦め、入社した会社では人と話すのが苦手なのに営業に配属されてたった三か月で辞めたのだと話した。須原さんは黙ったままじっと聞いていてくれた。 「……一応、今も就活はしているんです。この間一社応募してみました」 「ちゃんと行動しているじゃないですか」  須原さんの肯定的な声音に、思わず涙が滲みそうになった。 「じゃあ、VRシミュレーターで模擬面接でもやってみますか?」
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