第6章 夏が終わる焦り

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「え、そんなことできるんですか?」  私の声が思わず大きくなってしまい、部屋に響いた。履歴書を書くのは苦手だが、面接はもっと苦手だ。VRシミュレーターでも練習できるなら少しは落ち着けるかもしれない。それに、須原さんのVRシミュレーターなら本物の人間と話しているような模擬面接ができるはずだ。 「この会社の新人研修用に作ったシミュレーション映像があるので、それを改良すればできると思います」  言うが早いか須原さんはパソコンに戻った。須原さんの細長い指がキーボードの上を流れるように動く。須原さんの指の動きに合わせて黒い画面に文字列が整然と並んでいった。私にはまったくわからない内容をパソコンに表示させている須原さんは、異国の誰かと通信しているようにも見えた。 「面接のタイプはマイルド、ベーシック、ハードならどれがいいですか?」  パソコンの画面から目を離さずに須原さんが言う。マイルドは優しくベーシックは普通、ハードは圧迫面接だろうか。久しぶりの面接かと思うとVRでも怖気づき、「マイルドで」と答えてしまった。 「どんな会社を受けるんですか? 質問内容も変えられますよ」 「えーと、IT企業の事務職です」 「わかりました」  須原さんの指は止まることなくキーボードを打ち続ける。「できました」という声が聞こえて、思わず「早いです」と声を上げてしまった。「シミュレーション映像の改良」はこんな短時間でできてしまう作業なのだろうか。
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