第6章 夏が終わる焦り

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 私は送った履歴書に書いた志望動機と同じ内容を答えた。実は一番悩んだのが志望動機だった。正直な動機は「営業ではないから」なのだが、それを正直に答えるわけにもいかない。ネットで「志望動機 書き方」と検索してあちこち調べ、つぎはぎのような志望動機をどうにかして作り上げた。 『前職を三か月で辞められた理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?』  その質問に心臓が縮み上がった。どうやっても避けられない質問だろう。膝の上で握り締めた手に力が入る。その質問に対する答えももちろん準備しているが、いざ面接の場で聞かれると緊張がピークに達した。  VR映像の佐野さんはまっすぐにこちらを見ている。私は三か月で前職を辞めた経緯を説明するために必死に言葉をつなげた。どんな言葉を選んでも言い訳がましく聞こえてしまう。  佐野さんを目の前にしてしまうと、心の奥底に甘えが出てくるのを感じた。佐野さんならきっとわかってくれる。どんな理由で前職を辞めていたとしても受け止めてくれるだろう。でも、私が実際に面接するのは佐野さんではない。 『結果は後日お知らせします。本日はお疲れさまでした』  佐野さんが面接を締めくくると、映像が消えた。  ゴーグルをはずしていると須原さんから「佐野さんじゃあんまり練習にならなかったですか?」と言われた。とっさに「そんなことないです。ありがとうございます」と答えたが、確かに顔も性格も知っている佐野さんが相手では「初対面の人と話す」という私が一番苦手な部分がクリアされてしまっている。
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