第6章 夏が終わる焦り

9/19
前へ
/184ページ
次へ
 佐野さんには「この人は私の話を聞いてくれる」という安心感がある。佐野さんだけではない。青戸さんにも須原さんにも「私を受け入れてくれる」という安心感があった。  面接はそうはいかない。最初から値踏みされるようなものだ。  そう考えただけで私は不安に包み込まれた。もしも今応募している会社に受かったら、TRCのアルバイトを終えて新しい環境で新しい人たちと人間関係を築いていかなければならない。新しく出会う人たちがこの会社のように私を受け入れてくれるとは限らない。  TRCでの仕事は快適だ。この会社が快適であればあるほど、外の世界に出て行きたくなくなる。どんな人がいるかわからない社会の波に揉まれるのが怖い。  そんなことを言ったって、ここでの身分は所詮アルバイトだ。一般的なアルバイトよりもはるかに好待遇だがずっと働き続けるわけにはいかない。 「大丈夫ですか? 疲れました?」  須原さんの声が聞こえて我に返った。「いえ、大丈夫です」と答えたものの、一度私をとらえた不安の渦は私を放さなかった。  私が須原さんと一緒にここにいられるのは「須原さんが自分の技術を世に出していいと思えるように」という特命業務があるからだ。ここで須原さんと一緒にロボットの実験をするようになって三週間になるが、どうやったら須原さんが「自分の技術を世に出していい」と思うのかまったく見当もつかない。
/184ページ

最初のコメントを投稿しよう!

36人が本棚に入れています
本棚に追加