夕立の如く稲妻の如く大地震の如く

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 男に生まれ変わりたいかと聞かれて絶対思わない、絶対女の方が良いと答える女は詰まる所しょってるんだと思う。化粧が出来るからとか一杯オシャレが出来るからとかそういう理由以上に化粧してオシャレしてイケてると思って付け上がって自惚れているのである。ま、女は小さい頃から着飾るように育てられているし、全面的にお洒落が良いことだと思っているからベースが良いとそうなるのもしょうがないと言えなくもないけど、あんまり自惚れていると見た目ばかり重視する軽薄な人間になってしまうのである。こういう女に限って笑えば明るくて見栄えがすると思って化粧やオシャレするのと同じ感覚で矢鱈に笑って見せて自分を着飾った積もりになる。それで益々自惚れて訳も分からず楽しくなる。そうしてイケてると思っているのだ。でも僕に言わせると、コロナウイルスが猖獗して人々にマスクさせたようにへらへらしているとしか思われない。仮令、本当にルックスが良くてもだらしなくなり台無しになるのだ。それをもし咎められれば、楽しいんだからしょうがないじゃないと弁明し、今時の物を深く考えようとしない輩らしくめんどくさい奴だなあと内心鬱陶しがるだろうが、要するに軽薄なんだ。軽薄な奴は別に面白くない些細なことでも笑う。些細なことでも笑えるというのは良いようでもあるが、打算的に笑って見せてる場合がほとんどで軽薄な奴は低次元で楽しめることはあっても決して高次元では楽しめず人生を深く楽しめない。その証拠にコロナ禍になって家に居る時間が長くなっても安易に楽しめることばかり求めて深い喜びを知る為に本を読まない。読むとしても矢張り安易に楽しもうとエンタメ本を読むか意地汚く利益を得ようとハウツー本を読むくらいが関の山で知識を深めて深い喜びを知ろうと純文学本や哲学本は決して読まないのだ。 「人がもし無限に面白かったら笑う暇はない。面白さが一先ず限界に達するから人は笑うのだ。面白さがその限界に達すること遅ければ遅いだけ芸術家は豊富である」とは中原中也の言葉であるが、それで言えば、面白さがその限界に達すること早ければ早いだけ俗物(軽薄)は豊富であると言えるのである。繰り返すようだが、軽薄な人間は楽しむ次元が重厚な人間より低いのは言うまでもない。例えば、明るけりゃ月夜だと思うか、知らぬが仏で低次元で楽しんでいるのだ。低次元で楽しんでいる奴は浮華な生活に堕すものだ。そういう奴を見て大抵の人間は上滑りだから楽しそうと羨んだり微笑ましく思ったりするものだが、僕は見ていて当然ながら愚かだと思う。人はそれぞれ他人とは違う価値観があるように楽しみ方も違うから人のことをとやかく言うものではないとは言え、愚かと言わざるを得ない。  以上のように思う相本であったが、男に生まれ変わりたいと思う?と訊くと、絶対思わない、絶対女の方が良いと答える女と付き合っている。それも3人と。そして矢張り3人共軽薄なのだが、軽薄に笑っている時以外は見てくれが好いので、それだけを頼りに付き合っている。そもそも女に重厚さを求めても無理だし無駄か、況して今時の風潮からしてと諦観しているので妥協しているのだ。  妥協しているからと言って社会的に成功していないかと言うとそうではなく高身長高学歴高収入で女に持てる要素は多分に持っているのだが、困ったことに理想の女と出会えないのだ。だから男に生まれて良かったと思わせてくれる女と付き合えれば男冥利に尽きるのだが・・・と相本は心の底ではいつも思っていても理想と現実のギャップは大きい。これはどうにも動かしがたい事実だ。  美人は自尊心を持って媚びることなくツンツンしているくらいがいい。そして偶にドキっとするような将又、ハッとするような将又、グッとくるような将又、ぞくぞくっとするような将又、痺れるような笑顔を見せる、これが理想かな。そしてその理想の女が夕立の如く稲妻の如く大地震の如く突如として現れる。そんな夢を相本は頭の中で描くこともあるが、いずれ今付き合っている3人の中から選ばなければいけないかと思うと、溜息が出て夢が夢でしかなくなってしまい、ともすればニヒリズムに陥ってしまう。  ところが或る夏の日のことだった。相本は街中で夕立に遭った。それだけならなんてことはないが、稲妻が10メートル程先の街路樹に落ちた。これとても前夜祭か前座みたいな吉兆に過ぎなかったのだが、と言うのも、まあ先を読んでくれ給え。物凄い火花と火煙と落雷音に相本は飛び上がって驚き、砕けて燃えて飛び散った幹や枝の破片が幾つか体を掠め、間一髪助かった。しかしジェット噴射するシャワーのような雷雨が襲って来て尚且つ地震が襲って来た。それはそれは怖ろしい揺れだった。正しく激震だった。泣き喚く彼女。実は相本は彼女の一人である美晴と歩いていたのだ。美晴は化粧が雷雨でぐしょぐしょになり恐怖でぐしゃぐしゃに崩れて顔が見られたもんじゃなくなっていた。  だから相本は本来だったらからかいたいところだったが、勿論、それどころではなく立っていられない程の揺れで電信柱は折れるわ、看板は落ちて来るわ、コンクリートの建物はひび割れするわ、アスファルトの車道は地割れするわ、石畳の歩道も地割れするわで人々は大パニックに陥った。  大地震の通例通り揺れは一分位で終わったが、大雨は続いていた。幸い相本も美晴も怪我はなかったが、相本は前方から歩道をこっちに向かって足を挫いたらしく引きずるように歩いて来る女を認めた。彼女は全面にレースをあしらった白いワンピース姿で薄手の生地が肌にべったりくっ付いて所々肌色が浮いてセクシーな上に後ろで一つに纏めたひっつめ髪だから額が出ていて髪がおどろになった美晴と違って乱れていない。而もすっぴんらしく顔も乱れていない。とは言え、大雨の所為で雨水が淋漓として全身に滴る上、足の痛みの所為で表情は険しい。が、小顔で足首が細くハイヒールがよく似合いスタイルもプロポーションも抜群である上、付き合っている3人の女より美人であるのは明らかなので相本は美晴のことも忘れて彼女に心を奪われ、歩くのを補助したい思いで心の中が一杯になった。 「ねえ、何、見入ってるの?」 「えっ」と相本は思わず声を上げ、美晴が傍にいることに気づいて美晴の顔を見た途端、「アッハッハ!」と思わず噴き出した。そして急に雨が止んだ折り、「おい!何が可笑しいんだよ!」と美晴が叫んだ。その横を例の美人が通り掛かった時、美晴の顔が可笑しかったのか、それとも美人の気配を感じて笑いながら振り向いた相本に微笑み返したのか、定かではないが、兎に角、笑みを漏らした。  相本はその表情にドキッとしたとも言えるし、ハッとしたとも言えるし、グッときたとも言えるし、ぞくぞくっとしたとも言えるし、痺れたとも言え、完全にやられてしまった。 「あ、あの」と相本は美女に思わず声をかけた。美女が立ち止まって振り向くと、「大丈夫ですか?」と相本は更に声をかけた。 「ええ、ちょっと捻って挫いただけです」  皓歯が太陽の光できらりと光ると共に発せられた美声にも相本は当然の如く引き込まれ陶然として問うた。 「家はお近くですか?」 「ええ、アパートで独り暮らししてるんですけど、多分、倒壊したでしょうね」 「ということは避難所生活になってしまいますねえ」 「ええ」 「避難所は何処です?」 「あなた、この辺の方じゃないのね」 「ええ、僕は」と相本は言いかけて彼女とここへ来たとはとても言えず、どう言おうか戸惑っていると、「この人は私とここへ遊びに来たんです」と美晴が口を挟んだ。 「そうですか、どちらから?」と美女は問うと、「○市です。だからこの△市から50キロ以上離れてるから私たちの家は大丈夫だと思います」と美晴が答え、にやっとした。 「おい、私たちって一緒に住んでる訳じゃないのに何言ってんだよ」と相本は慌てて訂正した。 「何よ、あんたこそ、恋人の前で他の女に何、言ってんのよ!」  確かに美晴とデートしていたに違いないから美女をナンパしようとしていた自分に相本は我ながら呆れたし、可笑しく思った。  その二人の遣り取りを見ていた美女は、軽く会釈して立ち去ってしまった。 「あんた、今みたいに女を誘って私の他にも付き合ってる女がいるんでしょ!」 「ああ、いるよ」と相本はあっさり白状した。この時程、美晴に辟易したことはなかったからだ。 「よく、そんなに簡単に認められるわねえ」 「僕が嫌になったろ。僕も君が嫌になったからもう僕ら別れよ」 「えっ」と絶句する美晴。 「僕は他に二人と付き合ってるんだ。だから困らないしね」  グシャグシャになっていた美晴の顔が一層酷くなって泥を塗りつけたようにグジャグジャの泣き顔になった。 「じゃあ、僕は独りで帰るから君も独りで帰りな」  そう言って立ち去ろうとする相本に縋ろうと、ねえ、ほんとに見捨てる気?嘘でしょ、ねえ、嘘でしょ、へへへ、ねえ、嘘でしょ、へへへ、ねえ、嘘でしょ、へへへとへらへらしながら媚びる美晴を振り切って悲哀の涙を流す彼女から無情にも離れて行った。  だが相本は帰らなかった。行き交う人に訊いて回って最寄りの避難所を探し当てた。公民館だった。しかし美女の姿は何処にもなかった。次に行ったのは集会所だった。しかし、そこにも美女の姿はなかった。で、相本はくたくたになってどっと疲労感に加え徒労感に襲われた。しょうがなく相本は帰るべく交通機関を利用して来ていたので△駅に行ってみたが、心配していた通り地震によって鉄道不通になっていた。こうなったらタクシーで帰るしかないと△駅のタクシー乗り場へ行く途中、日が暮れかかっていたが、飲食店から出て来る女に目敏く気づいて目が留まった。紛れもなく例の美女だ。相本は喜び勇んで美女の下へ駆け寄って行った。 「やあ、また、会いましたねえ。飯食って来たんですか?」 「ええ」 「お金は?」 「PAY払いで」  そう言えば最初会った時もハンドバックを持ってたなあと気づいて相本はこう言った。 「スマホあって良かったですね」 「ええ」 「足はまだ痛みますか?」 「歩いてる内に直っちゃったわ」 「はあ、そうですか、軽症だったんですね。しかし、アパートは?」 「やっぱり駄目でした」 「じゃあ、これから避難所に行くんですか?」 「いえ、私、干渉されるのが大嫌いだし人が集まるとこが苦手だから・・・」  この答えは相本にとって都合がよく、また、誘って欲しい気持ちの表れのようでもあるので相本を勇気づけた。「そうでしょう。あなたみたいな美人は避難所なんか行くと、何かと男の目が気になるでしょうしねえ。お見受けしたところ知的な感じもしますしねえ。そういう人はそういうもんですよ。だからどうです。僕のマンションに」 「えっ」 「さっきの女とは別れました」  そう聞いて美女は笑みを漏らして、「あなた、私を誘ってるのね」 「はい」と相本は手応えを感じて答えた。「そうです。ぼくはあなたに一目惚れしたもんですから」 「あなたは小気味よく何でも言える人ね」 「ええ、もうひとつ言わせてもらえば夜、美女独りでは危ないですから」 「私も言わせてもらえば、あなたは女を引っ掻けるのに慣れてるみたいね」 「いえいえ、それほどでもって言うか、今回の場合は特別です」 「特別?」 「本気も本気。ほんとに本気」 「うふふ」と美女は一笑してから言った。「あなたのマンション、〇市にあるんでしょ?」 「はい」 「〇市なら通勤距離が同じだから私、乗ったわ」 「OHそうですか。OLですか?OKですか?」と相本が語呂良く言うと、偶々当たったらしく、「うふふ、図星よ」と美女は面白がった。それに気を良くした相本はどや顔になって相好を崩し、「どうやら僕を気に入ってくれたようですね」と言うと、美女が微笑みながら頷いたので有頂天になるのだった。  その後、二人はタクシーでマンションに向かう中、タクシードライバーに被災したことを聞かれたりしたが、まるっきり以前からのカップルのように思われていることが嬉しくもあり可笑しくもあった。何せ自分らが今日被災地で初めて出会っていきなり同棲しようとしているとはよもや思うまいと思うからだった。    夕立の如く稲妻の如く大地震の如く突如として美女が現れ、その日の内に彼女と同棲。全く相本にとってこの上ない僥倖、否、相本でなかったら勝ち取れなかった幸運と言えよう。彼は同棲してみて分かったのだが、自分と同じく彼女が純文学書と哲学書に親しみ、自分に馴れれば馴れる程、ツンツンして来て偶にドキっとするような将又、ハッとするような将又、グッとくるような将又、ぞくぞくっとするような将又、痺れるような笑顔を見せるので正に理想の女だと満足するのだった。  だから相本は彼女に惹かれ魅せられるばかりで他の付き合っている女二人とも別れ、彼女だけを彼女とし、彼女と高次元の楽しみをシェアし、行く行くは偕老同穴を契ることになるのであった。  
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