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「……その、俺が勝手にひーちゃんに似合いそうなの選んだから、色とか気に入らなかったら変更できるし、なんなら他に欲しいのあればそっち買うとか出来るから……不満な点があれば遠慮なく言ってほしい、んだけど……」
「……」
「えっと、そのー……でも俺的にはさ、ひーちゃんに喜んで欲しいなーと思ってこれ買ってきたんだよね。……だから、なんつーか……よかったら、これ、そのまま貰って指に嵌めて欲しいかなー、みたいな……」
「……」
「……あー……。うわ、だめだ……なんか、勢いでプロポーズした時の何倍も緊張する。ごめん、本当はもっとかっこよく渡したかったんだけど、俺こういうかしこまった雰囲気が照れくさくて苦手で……っつーか、お前もなんか言えよ! ずっと黙って──」
「クジラくん……」
名前を呼びかけた瞬間、ぽろ、と目尻から涙が滑り落ちた。それまでほんのりと赤みがさしていたクジラくんの顔からはたちまち血の気が引き、「えっ、泣いてんの……!?」とあからさまに焦り始める。
「え、待って、それどっち!? どっち系の涙!? 嬉しい系? しんどい系?」
「……っ、どっちも……」
「どっちも!?」
「……あのね、すごく嬉しいの……。嬉しいんだけど、でもね、わたし……全然クジラくんと釣り合うような、キラキラした女の子じゃないから……なんか、こんなに素敵な指輪、わたしなんかが貰っていいのかなって……」
──自分は、彼と釣り合っていない。
胸につっかえていたそんな不安が唇から転がり落ち、涙の粒と一緒に次々とこぼれた。クジラくんは瞳をしばたたき、わたしの顔を覗き込む。
「……何言ってんの。ひーちゃんは、ずっとキラキラしてて眩しいよ? 俺にはもったいないぐらい」
「……言い過ぎだよ、そんなの」
「ホントだって。……俺さ、生まれた時から金持ちじゃん? 苦労なんかしなくても、ねだれば何でも手に入ったんだ。オモチャも、ゲームも、金も、夢も、人も……欲しいと思ったものに、すぐ手が届く環境だったの」
クジラくんはわたしと視線を交え、過去を語りながら目を細めた。ぽつぽつと紡がれる彼の話にわたしは耳を傾ける。
「たくさん金持ってるとさ、人間関係なんて簡単に築けるんだよ。でも、どいつもこいつも俺のことなんか見てない気がしてた。〝俺といることで得られるもの〟ばっか求められて、媚び売ってくるヤツらにウンザリしてて……今思えば考えすぎかもしれないけど、なんかどんどんひねくれちゃってさ」
「……」
「でも、そんな時にふらっと入った定食屋さんで、すげー失敗ばっかしてる女子高生のバイト見つけたの。A定食とB定食の二つしかメニューがない店なのに、注文取り間違えて客に怒られてるような……利き腕骨折してる客に、子供用のフォーク渡しちゃうような。ほんと、すげーポンコツな女の子。それ、誰だと思う?」
にこりと微笑み、クジラくんは問いかける。
メニューが二つしかない小さな定食屋さん。
すげーポンコツな女子高生バイト。
覚えのあるそれらの記憶に、わたしは涙も引っ込めて冷や汗を滲ませた。
「……ま、まさか、わたし……?」
「正解。十七か十八の頃の、若かりしひーちゃん」
「えええ!? クジラくん、あのお店来てたの!?」
「うん、たまーにね。でも覚えてなくて当然だと思う。だって俺、今と全然違うもん。今よりピアス多くて金髪だったから」
初めて告げられた衝撃の事実に、わたしは驚愕したまま硬直する。「最初は面白い女がいるなーってぐらいの印象だったんだよね」と続けて、彼は優しく目尻を緩めた。
「でも、何度か通ううちにひーちゃんのこと目で追うようになってさ。今日はどんな失敗やらかすのかなーって、密かにそのポンコツぶりを観察すんのが楽しみになってた」
「ひ、ひどぉ……」
「でさ、ひーちゃんって失敗ばっかだったけど、いつも楽しそうに他の常連さんと雑談してたんだよね。ひーちゃんが他の客と楽しそうに話してんのを、実は俺もこっそり聞いてたんだ。……主に、『いま付き合ってる彼氏のことがすっごく大好き』って話」
「えっ……!」
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