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ほんの遊びのつもりで始めたのだが、挑発するような態度に意地になってしまったわたしは強引に彼をソファに押し倒した。
とは言え、くすくすと楽しげに笑うクジラくんはわたしに組み敷かれたところで余裕のある態度を崩さない。その甘いベビーフェイスを軽く睨み、わたしは尚更ヤケになって彼の胸元へと顔を移動させる。
色素の薄い突起を口に含み、不慣れな動きで舌を動かすわたし。彼の普段の行動の受け売りで実行に移した稚拙な愛撫はやはり上手ではないらしく、クジラくんは「俺の乳吸ったって楽しくねーだろ」と笑っている。
そんな余裕な態度を崩さぬまま、彼は隙を見てわたしの服の中に手を忍ばした。胸の膨らみにやんわりと手が触れ、わたしはくぐもった声を漏らす。
「……ん……っ」
「ひーちゃんのおっぱいも弄ってあげるね」
「だ、だめ……! 今日はわたしがするの! クジラくんは触るの禁止!」
「やだよ、暇だもん。俺は御奉仕されるよりしたい派だってさっき言ったじゃん?」
不敵に微笑み、ぷつんと外される背中の留め具。緩んだ下着の隙間から滑り込んだ指が先端を掠めて、思わずぴくりと肩が揺れた。
「ひゃ、う……」
「俺、勝手に触っとくからさ、ひーちゃんも勝手に触ってていいよ」
「……ん、ば、ばかぁ……」
両方の胸を包み込み、押し潰したり優しく持ち上げたり、クジラくんは好き勝手にその形を崩して遊んでいる。
わたしは眉根を寄せ、彼の半身に手を伸ばして窮屈そうにズボンを押し上げているそれを手の中に収めた。
「あ……おっきくなってる……クジラくんの……」
「そりゃー、いくらド下手くそでも、好きな女の子に触られたらね」
「ど、ド下手くそって失礼な!」
クジラくんは声を張るわたしの反応に笑い、自身のズボンのベルトを外すと不意にわたしを抱き寄せた。「服、邪魔だから脱がすね」と耳打ちした彼は、リネンのワンピースを抜き去ってブラも一緒に剥ぎ取ってしまう。
ほとんど全裸と変わらない格好になり、わたしはようやく酔いが薄れて恥じらいを覚え始めた。
「……あ……あの、わたし、そういうつもりじゃ……」
「バカかよ、どう考えてもヤる流れじゃん」
「違……っ、く、クジラくんに、気持ちよくなって欲しかったの」
「俺は自分だけより、ひよりと一緒に気持ちよくなりたいなあ」
クジラくんは耳に唇を寄せて囁き、その輪郭を軽く食みながらわたしの下半身に手を伸ばした。わたしは優しい愛撫を受け入れながら視線を泳がせ、やがてそっと彼に耳打ちする。
「……こども、つくる?」
控えめに問えば、クジラくんは露骨に狼狽えて手の動きを止めた。「え……」と硬直する彼。あまり乗り気には見えず、わたしは思わず眉尻を下げる。
「あ……ご、ごめん。子ども、できたら嫌……?」
「……何言ってんだよ、嫌なわけないじゃん。むしろ、ひよりが俺の子産んでくれるならめちゃくちゃ嬉しい。……けど……」
「けど……?」
触れた頬を撫でながら首を傾げると、クジラくんは一瞬切なげに表情を曇らせて視線をどこかに移した。その先をさりげなく目で追えば、リビングの片隅にある戸棚を捉える。
それは、例の離婚届が入っているあの戸棚。
わたしが息を呑んだと同時に、クジラくんは力なくこちらの肩口に額を預けた。
「……もし、子どもなんて出来たら……ひよりの逃げ道を、また俺が奪っちまうんじゃねーかと思って……それが、ちょっと怖い」
「……」
「いつかひよりが幸せじゃなくなって、俺から逃げたくなった時に……子どもがいたら、きっと迷うじゃん。俺から逃げたくても、逃げられなくなるんじゃないかって……だから、俺──」
「クジラくん」
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