最終話 マリー・ミー

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最終話 マリー・ミー

 梅雨が過ぎ、星へ願いを(つづ)る季節となった、七月の夜。  からん、ころん。  鳴らされたドアベルの音が背後から耳に届く中、己の手でしっかりと掴んでいる透明なグラスの内側では残りわずかなお酒が揺れた。  いつもの席に頬杖をついたわたしは、酔いどれた頭でこっくりこっくりと船を漕ぐ。それでもコースターの上に置かれたお酒のグラスだけは決して離さず、満面の笑みで言葉の続きを語った。 「ふふふ〜、それでねぇ、クジラくんがぁ、『ひーちゃんが着れば、どれでも世界一かわいいよ〜』って言うんですよぉ。もぉ〜、ほんと嫌になっちゃいますよねえ、ちゃんと選んでよ〜って感じぃ」 「……あー、うんうん」 「でねっ、わたし的にはね、やっぱりピンクのドレスが可愛いと思うんですぅ。けどぉ、あのアホクジラが今度は『白がいいんじゃない?』とか言いだしてぇ……白とか普通すぎてつまんないのにねぇ〜? でもほら、せっかくだしクジラくんに可愛いって思って貰いたいじゃないですかぁ? だからクジラくんが好きな方にしようかなぁ~って思って~」 「あー、はいはい」 「ていうか、何でもいいって言っておいて、結局『白がいい』とか言うんですよぉ? 男ってそういうところありますよねえ〜、ほんとむかつく。もー、クジラくんのこと大好きだから許してあげちゃうけどぉ、クジラくんのこと大好きじゃなかったら、ぜったい許さないんだからぁ……」  ぽつり、ぽつり、薬指の指輪を撫でながらクジラくんへの文句を紡ぐわたし。今日も今日とて、わたしはエリーさんのお店で飲んだくれているのだった。  話を聞いていたエリーさんは辟易した表情で相槌を打ち、なぜだかずっとわたしの背後へと視線を向けている。わたしは少ないお酒をちびりと口に含み、首をかしげた。 「……んー? エリーさん、わたしの話聞いてますぅ? どこ見てんのぉ?」 「いやー、だってさあ……アンタの後ろに……」 「えっ、なに、後ろって……まさかおばけ!? やだやだ、ぜったい振り向きたくないっ! 悪霊退散っ!!」 「だーれが悪霊だ、この酔っ払い」  ごんっ、と背後から軽いゲンコツが落とされ、わたしは「痛いっ!」と頭頂部を押さえる。唇を尖らせながら振り返れば、案の定そこには意地悪クジラの姿があった。  そういえば、先ほど来客を報せるドアベルが鳴っていたような気がする。どうやらあれはクジラくんが来店した音だったらしい。 「あーーっ、出やがったな、このクジラめ! 大好きでアイラブユーでかっこいい、わたしだけの愛するクジラめー!」 「うわあ、またすげえ酔い方してんな……ごめんねエリーさん、コイツの相手すんのめんどくさかったでしょ」 「……ちょっと久慈くん、この愚痴なのか惚気なのかよくわからないひよりちゃんの絡み方何なのよ。最近酔っ払うとずっとこの調子なんだけど、どんだけ舞い上がってんの? 浮かれ過ぎて心配になるわ」 「いやーほんと、うちの嫁が世界一かわいくてすみません」 「お前も浮かれてんのかい」
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