もちろん、考えてはいるとも

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もちろん、考えてはいるとも

「マルハイマナ方面を任せたかったのは本当さ。でも、ヴィルフェットの話なんかは私だけで考えていたら何時まで経っても至らなかったよ。純粋に、マシディリの成果だ。  それに、あくまでも戦争自体を見据えた場合はしっかりと知っておいた方が良いだろう?  私も、その方が安心してアグニッシモとスペランツァを預けられる」  特にアグニッシモは暴走しかねないからね、とエスピラは肩をすくめた。  がっつりとした本音は隠してある。本来は、タルキウスのようにもっとしっかりとマシディリに委譲を済ませたいと。そう思ってもいる。現実を鑑みて諦めてはいるが、その代わりがマルハイマナとの戦争までの当方面のかじ取りだ。  そんなエスピラの思いに気づかなかったのか、それとも気づいているのか。  それは分からなかったが、マシディリはとりあえず了承するように頷いてくれた。 「エリポス諸国家の根底は変わっておりません。カナロイア、ドーリス、ジャンドゥールと言った、勢いでは無いところで父上に協力してくれた国々は父上が勢いを取り戻せば問題は無いでしょう。勢いを取り戻せなければ、離れたままだとは思いますが、そこを心配はしておりません。  心配なのは、ディラドグマでの武力やメガロバシラスへの戦果を見て慌てて媚を売ってきた国々です。彼らは、もっと扱いやすくて同等の武力を持つディーリー様やイフェメラ様にすり寄っております。  今後のエリポス戦略のさわりだけでお聞かせいただけなければ、マルハイマナ方面も覚つきません」  しっかりとした声であった。はっきりとした声である。  きちんと、エスピラに届いた声だ。  何も額面通りではあるまい。それ以上の奥行きのために尋ねてきているのだ。 「アレッシアの直轄地を増やしたい。そのためには、ディラドグマまでは行かずとも致し方なしと思ってもらえるような結果が必要だ。特に、プラントゥムやハフモニにね。あっちは馬も鉱山もある。食糧だって豊富だ。魅力は西方にある。  が、文化や兵器開発は東方だ。いや、文化などに先進も後進も無いけどね。そして、兵器開発も追い抜きつつある。ああ。もちろん謙遜して言っているとも。  ならばあとは、エリポス圏だけで見てもアレッシアが一番であることが重要だ。  正直、先の仕置きでハグルラークも邪魔になったよ。クイリッタは、どうやらアフロポリネイオも潰して例外が無いことを示したいらしいけどね。まあ、止めたければマシディリが止めてくれ。私は、まだ好きなようにさせるよ」 「叔父上は、ものの見事に父上を挑発してきた、と言うことですね」 「そう言ってやるな」  エスピラは、眉を下げた。  ルーチェのことが気がかりなのです、とマシディリが返してくる。  ルーチェは、きっと利用されていることを知っていても父の傍にいる。叔父上がそれを存分に利用して、こちらの動きを封じようとしているように見えて嫌なのです、と。 「ルーチェは、お前たちにとっては従妹だ。咎められる謂れは無いが、そうだね。私も確かに「クイリッタが愛人です。とても大事なんです」なんて娘に言われても素直に祝福は出来ないね。もちろん、ディミテラに言われるなら別だよ」  最後は、冗談も交えて。  されど、冗談など関係なくマシディリの顔が硬くなった。拳も淡く握られている。目は、やや細くなったか。 「そのようなつもりはございません」  声まで硬い。 「私もできるとは思ってないよ。子供たち、と言うには少し落ちるが、それでも子供のように扱ってきたんだ。今更そういう関係になど。例えそれが良策でも取りにくいだろう? それに、ルーチェにもそんな風になってほしくは無い」  尤も、ジュラメントが盾としてルーチェを利用しているのはエスピラも嫌っている。  が、ルーチェの父はジュラメントだ。親子だ。  そうなれば、エスピラとて引き離したくは無いのである。 「イフェメラの、切り崩しを狙っているよ」  エスピラは弱く吐き出した。 「ジュラメントの最後の頼みはイフェメラの軍才だ。それが無ければ、ジュラメントは踏み切るに踏み切れないだろう。他の者もそうだ。執政官になるのだとフィルフィア様は張り切って選挙戦を展開しているそうだが、あの人も人の顔色をうかがうような人物。  どうしようも無いのは、ディーリーだろうね。  マルテレスだけではなくオプティマ様も私の生誕祝いに呼ぶつもりだが、どこまで効果があるか。マシディリと仲が良いとも聞いているけど、本人たちは否定するだろう?」  今度はマシディリが眉間に山を作った。  下がった口角で、ぎこちなく顔を上下に動かしている。 「兎も角イフェメラだ。イフェメラ次第で、あそこの派閥は再びアレッシア一丸と言う理念に戻ってきてくれる。そうなればルーチェも安泰だ。  イフェメラは、マシディリと違って戦場の成果を完全に戦場にいた者の成果に考えがちだ。そこさえ自覚できれば、また違ってくるさ。これまでがあって、最後に武力衝突がある。昔の、力でなんでもねじ伏せる時代は第一次ハフモニ戦争で終わってるんだ」 (自覚できずとも、か)  自分の下にさえ戻ってきてくれれば。  師匠、と呼び、師匠と慕い、幕を共にする関係だと大々的に示すことができれば。  それだけで、終結するのだと。  エスピラは、そう、『願っている』。 「ルーチェの話のついで、と言う訳では無いのですが」  真剣な声に、エスピラもしっかりと意識をマシディリに戻した。 「ユリアンナの婚姻は、どうされるおつもりですか? ユリアンナも来年で十七。せめて相手だけでも決めるか、絞り込むべき時期に来ていると思います」  エスピラは、目を見開いたままゆっくりと机に肘をついた。  唇に右手人差し指が当たる。側面を当てた指によって上唇が隠れ、付随する手によって口元全体が隠れるような形だ。 「べルティーナは早かったねえ」  ユリアンナとべルティーナは同い年である。 「レピナも生まれる前からです」 「うん、そうだね」 「このままでは、ユリアンナのためにもなりませんよ。それにお相手によってもまた戦略は変わってくると思います。父上が私にも様々な権限を認めてくださるのはありがたいのですが、致命的な齟齬が生じてはなりません。ユリアンナの婚姻は、その致命的な齟齬に繋がりかねない重要なものだとも私は思っておりますし、ユリアンナも繋がらないような軽い結婚は望んでおりません」  はっきりと、そう申しておりました。  マシディリが、そう締める。 「……………………うん。そうだな。ああ、もちろん、考えてはいるとも」  我ながら、嘘だと分かる声が出てしまったなとエスピラは思った。
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