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冗談が下手だなあ
「ソラント、と言う男を覚えているかい?」
エスピラの問いに、マシディリは軽く顎を引いた。
「ソラント・ピアチアーレ様でしょうか。父上の支援で護民官になられた」
「そうだ」
エスピラは、頷いた。
マシディリが口を開く。
「私の七つ上に当たりますので、来年二十六になる方であり、俊英の誉れ高いと聞いております。ファリチェ様をメガロバシラス戦争に投入出来たのも、ソラント様だけではございませんがソラント様が民会に居たから。また、不敬に反転しかねない胆力もお持ちだと」
「他には?」
「思考の特徴は、繋がりを意識しているように感じました。その中には感情的な推移によるものも含まれておりますが、本人からすれば感情の要不要による不足あるいは無駄を考えやすいと。ただし、それが欠点があることも自覚しているとも聞いております」
「では、どう使う? 前提として、経験は積ませないといけないものとしよう」
マシディリが指を曲げ、軽く唇に当てた。
眼球の動きは、ほぼ無い。
「通訳をつけなければならないような場面での交渉で使用する、と言うことでしょうか。それならば、ソラント様が失言をしようとも通訳次第では訂正がききます。そして、通訳にも一定の発言力があればソラント様を諫めることも出来ましょう」
エスピラは、にっこりと笑った。
「私と同じ考えだよ、マシディリ」
マシディリの腰が慇懃に曲がる。
「会話の流れから、ある程度は予測できましたので」
「それでも、すぐにその考えが出てくるあたり立派だよ」
「ありがとうございます」
「その言い方だと、少し、寂しいな」
エスピラは、冗談交じりにそう言った。
マシディリの口元がゆがむ。歯どころか微妙に歯肉も見えた。
「ちちうえー、と両手を広げて抱き着くような年ごろでもありませんので」
「いつでも歓迎するんだけどね」
何かを言いかけたマシディリが、また微妙な笑いを浮かべた。
(私の場合と言いかけてしまったのかな?)
エスピラがマシディリほどの年の頃には、既に両親も兄も居なかった。生きている血縁者は、妹のカリヨだけ。甘えられる存在がいないことについてまったくなんとも思っていないと言えば嘘になるのだろうが、本当に嘘かを自身に問いかけねばならぬほどの感情しか抱いていない。だが、マシディリはそのことを知っていても言うことはできないのだろう。
父よりも恵まれている。父を、傷つけかねないと思って。
「まあ、この話はまたおいおいするとして」
「するのですか?」
「メルアの抱き枕行きとどっちが良い?」
「あー」
マシディリの目が、上に泳いでいった。
「ひとまずは、遺憾の意を私の代わりにマシディリが伝えに行く。長くても一か月程度だろうけど、その間はマシディリが通訳としても動けるだろう」
「通りますか?」
「無理にでも押し通すさ。マフソレイオとの関係は民会も大事にしている。ファリチェやソラントに動いてもらいつつ、この二人やヴィエレなども外に出してしまえば良い。プラチドとアルホールも私の被庇護者として、軍事関係ではなくウェラテヌスの協力でフラシに送ってしまおうか。ついでに、スクトゥムも連れて行こう」
「強引に過ぎませんか?」
「元老院が介入してくるのなら、それこそ強引だよ。それに、戦車競技団も都市としてのアレッシアで復興したい気持ちもあるが、匿ってくれたディファ・マルティーマも無視は出来まい。そのディファ・マルティーマでティバリウスに比肩する家はカリトンのネルウスだ。そのネルウスの後継者となれば、問題は無いだろうね」
例え交渉ごとに向かなくても。
「馬の目利きならカウヴァッロにも行ってもらおう。その間、近くにはシニストラに来てもらうとして、スクリッロ将軍らカルド島の者も近くに置いておこうか」
何故自分は半島近くに居ながらも武力で守りを固めているのか、と言う自嘲の笑みは殺すことにして。
エスピラは、話しながら考えをまとめていく。
「いや、遺憾の意を伝える際はアルモニアにマルハイマナに行ってもらいつつ、ファリチェはプラントゥムに移そう。タルキウスにも動いてもらえば、問題ないだろうな。タルキウスもプラントゥムの鉱山には噛んでおきたいだろうし。できなくても、機会があれば関わっては置きたいだろうからね」
そこで、言葉を止める。
マシディリの顔が、少し安堵したようにも見えたからだ。
「どうした?」
「いえ。フラシに人が行き、プラントゥムにも人が行く。アスピデアウスからすればそこまで警戒する布陣ではなく、むしろアレッシアが空くことを喜ぶでしょう。ですが、叔父上は無駄に警戒いたします。
もし父上が私と同じ考えならば、父上も叔父上を警戒し始めたのだと、少し安心いたしました」
「多分、それはやめた方が良いな。ジュラメントは真剣を振るってくるが、私は縄と素手で取り押さえようとしているにすぎないよ。そう、理解はしているんだけどね」
ため息を一度吐いただけで、表情を整える。
「そっちの問題はどうとでもなるな。大事なのはマルハイマナだ。ビュザノンテンにはこのままアスピデアウス派の者が入るだろうが、前線基地だ。結果を出し相手に信頼されているフィルムを外しはしないだろうが、他は、どうなるか」
とはいえ、マルハイマナを釣りださないといけない。
アレッシアのエリポスへの影響力を下げ、マフソレイオと仲の良かったエスピラが動けていないのを伝える。その上で、アレッシア本国も動乱にあれば流石にマルハイマナも動くだろう。
ハグルラークを殴るだけで、黙った彼らも。
ただし、そんな慎重すぎる者(マルハイマナ)を動かしつつ勝てる状況を作り上げねばならないのだ。
「遺憾の意を伝える際にスペランツァも連れて行ってもらって、そのまま我儘を言わせて残らせてしまおうか」
「それもよろしいかと思いますが、ヴィルフェットを使っては如何でしょうか。ヴィルフェットは、あちら側の言語を良く学んでいると聞いております」
「来年でもまだ十歳だ」
「そうなると、アダット様もいかざるを得ないでしょう。アダット様はニベヌレスの当主でありながら孫のことになれば腰が軽くなるのは誰もが納得するようなお方。そして、ソラント様やフィルム様が主導することも笑顔で認めつつ、過ぎた言動にはアダット様ご自身が不快感を示されると思います。
何より、アダット様は情にもろく、情が良く表出する方です。しかも、そのほとんどが悪しからぬモノ。
嫌いになる方などいないでしょう。悪くても、鬱陶しく思われるだけ。アダット様の交渉ごとに向かない性格も、実際に交渉するのがソラント様などであれば大きな問題にはなりません。
ヴィンド様の遺言では、ヴィルフェットの教育係は父上です。ヴィルフェットにも父と慕うようにとの言伝も残っており、手紙も残っております。次期ニベヌレスの当主有力候補ではありますが、ヴィルフェットにとっても最も優先されるべきは父上の方針。
悪くない人選だとは思いますが、どうでしょうか」
まだ十歳だが、と繰り返しそうになり、止める。
カルド島に連れて行ったとき、クイリッタは十一歳だった。
ディファ・マルティーマでアスピデアウスの噂の処理に当たらせた時のマシディリはもっと幼い。
リングアの件も、うまく経験を積ませてやれなかったからだとすれば。
エスピラは、ひっかくように下唇を噛み、口を開いた。
「分かった。そうしよう」
「聞き入れてくださり、ありがとうございます」
「そう言うな。マシディリの提案が素晴らしいと思ったから採用しただけ。それ以上のことは無い。それに、大筋は確かに私も指示を出すが、細かいところは発案者のマシディリに任せるのが多くなるだろうしね」
マシディリの眉間にしわが寄った。
あからさまなこの態度は、少々の冗談も含まれているのだろう。
どうやらこの息子は、冗談が下手らしい。クイリッタは結構それが上手なのだが、マシディリの冗談はあまり上手くないとソルプレーサも言っていたのである。
「始めから、私にマルハイマナ方面のことを任せるために話していたのですか?」
本当に冗談が下手だなあ、とエスピラは笑った。
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