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【第一章 再び】一話 新たな時間
「ここは…いったい」
目の前に広がる山々は所々が赤黄色に染まり、
何やら耳障りな音が絶え間なく頭を刺激する。
暖かく包む陽光を手のひらで隠し、
少し広げた指先から垣間見る。
初めて見た光景を隅から隅までじっくりと眺めた。
「あれは、山でしょうか。生き物はいないのかな」
こんなに広々とした場所に1人だなんて
独り言のひとつやふたつ言いたくなる。
辺りを見渡すと、川辺に動物がいるのを見つけ
逃げられないように近づいた。
「ねえ、そこの貴方。楽しそうですね。
僕も混ぜて頂けませんか?」
その動物はちらりと首だけこちらを振り向くと、
甲高い鳴き声をあげた。
僕の顔を見るなりじっと睨みつけ、そっぽを向く。
なんだ。知らない奴に用はない。
そう言ってるかのように向き直った。
「はは」
わかりやすいその反応に思わず感心した。
さりげなく静かに近寄り、隣に腰掛ける。
その動物は変わらず自分のしっぽを弄び、
呑気に欠伸をした。
学んだ知識を頭の中で掘り起こしていた。
「あなたは恐らく猫ですよね?美しい声でした。
ここで何をしてるのですか??」
猫は一旦しっぽ遊びをやめ、
またこちらをしばらくじっと見つめてきたが、
結局何も言ってこなかった。
「はぁ。やっぱり動物が話すというのは神話の中だけのお話でしたか。残念です。」
「ちゃきち!」
猫を見つめながら小言を言ってると、
背後から叫び声が聞こえ振り返る。
「茶吉!」
にゃー
その響きを受け止めたように猫が鳴いた。
全速力で走ってきたその人は、
振り向いた鎮と目が合うなり足をピタリと止めた。
凄い急ブレーキ。脚力が素晴らしいな
「ああこれは失礼しました。私、鎮(まもる)と申します。
この子はあなたの猫だったのですか?」
深々とおじきをしながらその声の主に挨拶をした。
「ええ、ありがとう。あたしは千鶴(ちづる)。
茶吉を探してたの。ありがとうね」
濃紺の衣類を身にまとったその人は、息を整えながら答え
そのまま立ち去ろうとした。
「あの、どちらに行かれるのですか?」
ひとまずここがどこなのかを探らなければ。
そう思い、咄嗟に引き止める。
「道場に戻らなきゃ。父さんが待ってるから」
「道場…?」
初めて聞いた言葉に、
眉をひそめるとその少女も訝しげに眉尻を下げた。
「あなたその身なり、都の方から来たの?迷子?」
そう言われ、初めて自分の格好をまじまじと見る。
全身真っ白で、裾や袖の長めな衣類。
確かに彼女と比べると対象的な色味の服装だ。
「あ、ええ。ここがどこか分からなくなってしまいまして」
千鶴は返事を聞いたあと、
沈みはじめた真朱色の夕日をみつめ言う。
「流浪人の割には時間管理が甘いよ。もう日もくれる。
男とはいえ危ないから、とりあえず家に来なよ」
そういうと彼女は僕の手をとり、また足早に歩き出した。
「えっ、あ、ありがとうございます。」
その手の温かさにホッとする。
そうだ。これが人間のあるべき姿だ。
- 鎮(まもる)
それ以外の名は賜っていない。
生まれた時から昨日まで僕は、籠の中の番犬だった。
今日からは好きに生きようと思います。
この瞳に映る
溢れんばかりの新しい情報を
戸惑いながらも
楽しみ、呑み込み
知ることがこんなにも喜ばしいものなのかと
改めて感じる興奮を噛み締めながら。
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