迷妄

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迷妄

週が明けて、明日からの出張を前に、青島は不機嫌だった。 嫉妬から未来(みき)を怒らせて、仲直りしたのも束の間、仕事に集中したいからと、週末は会わないと言われてからずっとだ。 だいたい、あんなに甘い時間を過ごした後に、こともなげに会わないなんて、よく言えるものだ。 「(ひろし)さんだって、集中したい時があるでしょう?」 不服そうな青島に向かって、未来が言うと、青島は首を横に振った。 「お前が側にいないことを気に病むよりは、よっぽど集中できる。」 そう言われた未来は、一瞬たじろいだように見えたが、結局、気持ちは変わらなかった。 そんな数日前のやり取りを思い出し、青島は、ため息をつく。 今回の出張だって、やはり連れて行きたかったんだ。 「お疲れ様です。明日から出張ですね。」 コーヒーを入れながら、そんなことを考えてぼんやりしていた青島は、突然声をかけられて驚いた。 あぁ、と気の抜けた返事をしながら振り向くと、派遣社員の松本明穂(   あきほ)が立っていた。 「お昼は済んだの?」 仕方なく気を取り直して、青島は聞いた。 「はい。それで食後のコーヒーを貰おうと思って。いいですか?」 小首を傾げて、上目遣いで尋ねた明穂に、青島は頷いた。 「もちろん。考え事していたら、作り過ぎてしまったみたいだ。」 ひとり分を入れるつもりが、なぜかいっぱいいっぱいになっているコーヒーサーバーを見ながら、青島は言った。 「何かあったんですか?」 明穂に聞かれて、当たり障りなく答えて立ち去るつもりだったのだが、派遣という彼女の立場に、青島はついつい気を許してしまった。 「なかなか思い通りにいかないことがあってね。こっちはこっちで自分の女々しさに、辟易したりして、悩ましい限りだよ。」 すると明穂が、同情するよな切ない表情になったので、青島は驚いた。 「すまない。そんな深刻なことじゃないんだ。」 思わず話してしまったことを、青島はすぐに後悔した。 「社長として立場とか仕事を、気にしてるってことですか?」 明穂に聞かれて、なんだ未来とのことを知っているのか、と青島は思った。 正直、そんなことは殆ど気にしていなかった。 「変なこと言って、悪かった。仕事に戻るよ。」 青島が、明穂の横を通り過ぎようとした時だった。明穂がそっと、青島の腕に触れた。 驚いた青島を、明穂が熱っぽい目で見上げる。 「相手もいろいろ考えていると思います。でも、もし女性からこられたら、受け入れてくれますか?」 青島は、未来の顔を思い浮かべて、ふっと笑った。 「願ったり叶ったりだよ。」 今すぐにでも会いたい気持ちを押し殺したまま、青島は社長室に入って行った。
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