雨宿りは木の下で

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外に出るだけでも体が干からびてしまうようなカラッとした暑さの夏の日に、ふと上を見上げると深い深い青色の空と、夏祭りの屋台に売っている綿あめのようにふわふわしている大きな入道雲が見える。ああ夏だなと思いながら僕は学校へ急ぐ。 学校の鐘が鳴り、たくさんの生徒が学校から家へと帰っていく。一方僕はというと委員会の活動が残っているのでもう少し学校に残ることになる。 これは純粋に僕の運が悪いのかそれとも神様の機嫌が悪いのか。 たった10分程度しか皆と下校時間が変わらないのにこんなひどい雨になると誰が予想できただろうか。いわゆる夕立というものだろうか。傘などもちろん持っていない。 地面に叩きつけるように降る雨の中、風邪を覚悟で僕は屋根の下から飛び出したのだった。 雨の勢いは強まるばかりでどうにも走るのも厳しくなってきた。横殴りの雨の中、顔をぐぐぐと前に向けると雨宿りができそうなサイズの木が見えたので急いで駆け込む。どうやら公園のようだった。自分の状態を確認すれば全身びちゃびちゃで、さすがに言葉が出なかった。木の外は白く見えるほど強い雨が降っているのに少し上を見れば葉っぱからしずくが落ちてきていてそれを見ている間は時間の進みが遅く感じられた。 一人寂しく雨宿りをしていると遠くから誰かがこちらに走ってきた。あの人も雨に降られてしまったのだろうか。走ってきた人はそのまま木の下に逃げ込み、僕の隣で雨宿りを始めた。 「お邪魔します。」 少し申し訳なさそうに笑って目の下のクマが目立つ大人はそういうのだった。 「いやあ参っちゃうねひどい雨だ。君このあたりの中学生?」 そうです。と小さく返事をする。初対面の人と会話をするのはあまり得意じゃない。相手が黙ってしまってちょっと悪いことをしてしまった気がして隣をちらっと見る。その人はなぜか笑いをこらえて震えていた。大丈夫ですかと声をかけるとついに笑い始めてしまった。 「ごめんね、馬鹿にしているとかそういうことじゃないんだ。ただ、君のその感じ後輩にそっくりで!」 仲良しなんですかと聞くとその後輩のことを実に楽しそうに話してくれた。 「楽しいも何も毎日大変さ。ミスもするしおっちょこちょいだしどこか天然だし。僕も先輩として少し怒ったりもするんだよ。そうするとさっきの君みたいにこっちをちらっと見てはバツが悪そうにするんだ。」 大変とは言っていたが後輩のことを話すその人の顔は少し桃色になっていてまるで恋人のことを語る人のようだった。 「先輩!こんなところにいたんですか!探しましたよ!」 少し怒っていて、けれど安心したような女性の声。向こうから駆け寄ってくるその手には男性用の傘があった。それを見た隣の大人は驚いた顔をしたあと嬉しそうに微笑んでいた。傘を受け取り男性は木の下から出る。 「傘入っていくかい?」 いえ、大丈夫ですと僕は首を横に振る。 男性は話を聞いてくれてありがとうと言うと後輩の人と一緒に公園から出ていく。大雨の中二人で傘を差している光景は、失礼かもしれないが恋人のようにも見えた。 雨はまだ止まない。 一度人と話してから一人になると寂しさを感じてしまう。少し落ち込みながら木の下で雨宿りを続ける。 「ひゃ~!ごめんそこ入れて~!」 突然声が聞こえてきて前を向けば高校生ぐらいの女子がこちらに走ってきているではないか。驚いた僕は思わず横に飛びのく。 「ごめんごめん!大丈夫だった?」 女子高生は申し訳なさそうに笑っている。大丈夫ですと伝えて彼女の手元を見る。その手には壊れた傘が握られていた。 「もう最悪~!こんな日に限って傘壊れるとかマジありえな~い!」 なんだろうこの人とてもテンションが高い。しかも飛びのいたときに肩に雨が当たったようでとても寒い。少しは乾いてきていたのにと落ち込んでいるとタオルが手渡された。 「アタシのせいだよねそれ。よかったら使って!」 飛び込んできたときはとんでもない人だと思っていたが案外普通の人なのかもしれない。返したほうがいいですよねと僕が言うと 「返さなくても大丈夫だよ!ほらなんて言うんだっけ、ええっと…いちごいっこ…じゃなくて…そう!一期一会!また会えるかなんてわからないし雨の日記念ってことで!」 初対面なのにこんなに人にやさしくできるものなのかと驚いてちょっと感動して泣きそうになった。どうしてそんなに優しい言葉をかけられるのかと聞けば彼女は自信満々の笑顔で 「みっちゃんが私にそうしてくれたから!みっちゃんはね、私の友達だよ!めっちゃ優しくて、面白くて、あとめっちゃかっこいいの!」 自信満々に友達のことを話す彼女の目はきらきらと輝いていてその笑顔は見る人皆が元気になるようなものだった。 「あ、なっちゃんやっぱここいた!どうせ傘壊れたんでしょ、ウチの傘入りな!」 こっちに向かって手を振ってくる黒髪の女子がみっちゃん、だろうか。 「なっちゃんこの子お友達?」 うん!と元気に返事を返して彼女は友人の傘に入った。 「また会えたらいいね!またね!」 こっちも手を振り返す。今度会った時にはタオルを絶対に返そうと思った。 雨はまだまだ止まない。 二回目の独りぼっち。さすがに寂しさにも慣れてきた。いい加減この雨も止んでくれないものかと俯いていた顔を上げる。すると目の前に突然人の顔が現れた。びっくりして思わず素っ頓狂な声を出してしまった。 「うわっごめんなびっくりしたよな。雨にやられちゃってさ。俺も入れてくんね?」 どうぞ、と一言。驚きはしたけど悪い人ではないだろう。 「家もう少しだったんだけどお前見たら弟思い出しちまってよ。すっごい寂しそうな顔してたから。」 パッと見彼は大学生のように見える。弟は歳が離れているのだろうか。 「弟まだ中学生なんだ、もしかしたらお前と同い年かもしれないな。弟ってすっげえ可愛くてさ、今はちょっと反抗期で喧嘩しがちだけどほんとは寂しがり屋なんだよ。」 弟の話をする彼は優しく笑っていて、兄が居たらこんな風なのだろうかと思ってしまった。 「ごめんな。弟あんま家で待たすのも悪いわ。お前も親に心配かけないように早く帰るんだぞ!」 そういって彼は雨の降る街の中に飛び出していった。 雨はもうすぐ止みそう。 雨の音がだんだん小さくなってくる。木の下に落ちてくる雨も少なくなってきた。この木の下でいろんな人に会って長い長い時間だったように思える。 雨は止んで、空は燃えるような赤色に染まっていた。 雨も止んだし帰ろうと木の外に踏み出す。そこには雨が降っている間に出会った三人がいて、それぞれ余分な傘を持って顔を見合わせていた。 「君達ここに兄弟でも迎えに来たのかい?」控えめに笑うサラリーマン。 「友達迎えに来たんだし!ほっとけなくて!」自信満々に笑う女子高生。 「寂しそうにしてたからまた会いに来たんだ!」優しく笑うお兄さん。 傘を三人から一本ずつ渡されて僕は顔があっつくなった。 たった少し一緒に話しただけなのに、雨の中大切な人たちの話を聞いていただけだったのに。こんなに優しくされるなんて思ってもいなかった。目元が濡れていた。雨じゃなくて涙だった。それを見た周りの三人はびっくりしていた。それでも何も言わずに優しく頭を撫でてくれたり、手をつないだりしてくれた。 夕焼け空の下、影が四つ。傘はなぜだか六本。周りから見たらへんてこだけど雨の下で仲良くなった僕らは太陽みたいにきらきらした笑顔だったと思う。それはみんながそれぞれ自分の家に着くまで続いた。
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