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~・~・~
ざぁー……。
微かな雷鳴と共に夕立が訪れた。
訪れた夕立は踏み慣らされた土の道をじっとりと濡らし、土の匂いとも雨の匂いとも取れない芳香を放ってその匂いを視覚化したような靄を生んでいた。
その突然の夕立に人々はこぞって店の軒下や店の中へと入り、その店の者たちを喜ばせた。
雨は恵みだ。
雨は河川や田畑を潤し、稲や野菜を育てるがそれだけではない。
雨は時に人の懐をも潤す。
「なぁ、アンタ! こっち! こっち向いてくれよ! なぁ!」
客となり得る男にそう声を掛けられてもそっぽを向いたまま格子に凭れ、つまらなさそうに煙管を吹かす一人の男娼は半紙の上に落とされた一滴の鮮血のように浮いていた。
それはその男娼の愛想がすこぶる悪いから…ではなく、その男娼以外の者たちは皆、女たちだったからだ。
ここは遊郭。
もちろん男に男を喰わせる店もあるがその男娼の居る店は男に女を喰わせる店だった。
その中にたった一人だけの男…。
浮いて当たり前だ。
しかもその男娼のソレは女たちのソレよりも遥かに際立っていた。
それはゾクリとしてしまうほどに…。
「悪いけど…お兄サンはボクの好みじゃないんだ。他を当たってくれるかい?」
男娼はそう言って男の方を振り向くと吹かしていた煙管の紫煙をふぅー…と、男に吹き掛け、口元に薄い笑みを滲ませた。
男は男娼のソレに見事に当てられた。
脱け殻となった男をよそに男娼は夕立と雑踏、そして、たくさんの声の混じる音を聞きながらまたそっぽを向き、刻々と過ぎていく時を無感情に見送っていた。
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