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出逢い。
~・~・~
大門が開いて小半刻ほどした頃、遊藤楼の軒下に一人の男が駆けいってきた。
その男の身なりはそこそこ。
しかし、その男は傘を差していなかった。
男娼はいつもの席でいつものように格子に凭れ、愛想笑いの一つも見せずに煙管を吹かし、軒下にやってきたその男を横目に観察していた。
その男の左肩は軒から出て夕立の大きな雨粒に濡れていた。
「…ねぇ…お兄サン? 肩、濡れてるよ? もう少しこっちに来たら?」
男娼は軒下のその男にそう声を掛けてしまっていた。
そんな自分に男娼は驚いたが表情に出たのはいつもの作った薄い笑みだった。
「え? ああ…ありがとう。けれど、邪魔したくないから…」
そう答えた軒下の男の声は柔らかく、聞き心地のいいものだった。
そして、男娼に向けられた男の笑みはその声音よりも柔らかく、優しいものだった。
「邪魔? 邪魔って?」
男娼は突っ掛かるように訊ねていた。
なんの『邪魔』かはわかっている。
だから試した。
その声音もその笑みもその言葉も全て偽りだと確かめたくて…。
「お勤めの。綺麗な君を遮って雨宿りするのは申し訳ないから…」
掛かった…。
男娼はそう思った。
『お勤め』と言う言葉に僅かな有り難みは感じたがそんなこと男娼には関係なく、次に出す手札は変わらなかった。
「じゃあ…一晩、ボクを買ってよ? それなら雨に打たれることも申し訳なくなる必要もないでしょ?」
男から返ってくる答えを想像すると男娼の口元は自然と歪んだ。
(男なんて…人なんてみんな同じだ。どうせ断るんだろう? 知っている…。綺麗だと煽てたところで俺たちは『商品』だ。ましてや俺は『商品』ですらない…)
ざぁー……と、降りしきる夕立…。
その夕立の声が男の声を呑み込んだ。
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