第7章 飼い主 四季野牡丹 1

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「牡丹さんが最初の子をここに入れたとき、牡丹さんはこの子に何と言っていたか覚えていますか?」  牡丹は、薫が持っていた標本ケースを一瞬だけみてすぐに目をそらした。 「思い出したくありません。それを私に見せないで下さい。先生」  薫は肩で一つ息を吐いた。 「俺はその言葉を聞いて、牡丹さんはなんて優しい心を持っているんだろうと感じたよ。本当さ」  薫はゆっくりと話すと、牡丹は両手を耳に当ててしまった。 「思い出させないで下さい。今すぐにでも忘れたいんです」 「忘れてはダメだよ。今まで自分で気づくことができなかった自分なんだから」  薫がそういうと、牡丹はしっかり聞いていたようで左右に首を振った。 「ここに揚羽黄柚子を最初に入れた時、牡丹さんは『抜け殻になった体は私のそばで見守る。私の使命なんです、きっと。誰に言われた訳ではないけど、そんな気がしている』と言ったんだ。この標本ケースの中に入れた揚羽黄柚子に」  薫はケースの中を指差した。虫ピンで止められたティッシュペーパーを。それはただのティッシュペーパーを丸めて蝶の羽のように広げたものだった。
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