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それを聞いた稲穂は目頭に涙をため、体が震え始めた。
「どうしたんだよ、稲穂」
「もう施設内は手遅れ。皆、完全蝶獣化していた。種の暴走は思っていた以上に深刻だった。薫、あなたは入らなくて正解だった。入っていれば、瞬時に蝶獣化してしまっていた」
差し出された稲穂の手を薫はまだ握らずにいる。
「珍しいな。稲穂からそんなに話をしてくれるなんて……」
「もう蝶獣化制御も限界に来てる」
「……」
「施設内に蔓延していた種を浴び過ぎた。私の意識も体も徐々に蝕まれていく。だから……」
稲穂が一度瞬きをした。
涙がこぼれた。
「だから、最後に唯一のパートナーの薫に」
パチンと稲穂の手を薫ははたいた。
「黙れ! それ以上、俺は聞きたくない」
「……」
「……」
稲穂は一歩、薫に歩み寄った。そして、稲穂の赤い蝶の羽が二人を包み込んだ。
「これは薫にあげるわ。私にはもう必要ないし、私だと思ってくれてもいいわ。……本当にありがとう」
稲穂は薫に刀を手渡し、薫を抱きしめた。稲穂が何かに苦しんでいるのが肌を通してわかった。その何かは薫もわかっている。
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