第1章 一匹目 揚羽黄柚子 Aパート

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 牡丹は中央に隙間の空いた展翅板を取り上げた。以前、夏に標本作りをして、これに針で蝶の羽や触覚を固定して乾燥させた覚えがある。乾燥させている間、待っていられなくなってやめちゃった患者さんを牡丹は思い出した。自分一人で、最後までやろうと展翅板から標本ケースに移す時、誤って触覚に触れて根元から折ってしまった。その辺りを察するに、私は器用ではないのかもしれない。 「はい、使いません」  薫は即答した。 「そう。それで、薫君はどんな蝶々を捕まえたの?」  牡丹は少し顔を近づけた。薫は子供のようにニヤニヤしている。 「それはですね……」  薫は上になっている手をゆっくりどけた。羽を羽ばたかせることなく静止している一匹の蝶々――。 「……」  牡丹には、薫の手の中にいるそれが完全なる蝶々には見えなかった。  頭の中で想像してしたそれとは違っていた。  想像力の問題かもしれないが、牡丹は脳に訴えかける。それが薫の言う蝶々なのだと。  牡丹がマジマジとそれを見ていると、 「揚羽(あげは)黄柚子(きゆず)って言います。かわいいでしょ」
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