第1章 一匹目 揚羽黄柚子 Aパート

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 牡丹は呆気にとられた。薫の考えていることがわからなかった。薫が目を覚ました後も夢の中の話を続けていることは十分理解できる。しかし、現に薫は揚羽黄柚子という蝶の羽を生やした子を捕まえている。 「牡丹さん。虫ピンを取ってくれますか。あとその箱のガラスを外してもらえますか?」  牡丹は薫に言われた通りに、虫ピンを渡した。それからガラスを外した木の箱を薫の近くに置いた。薫は、虫ピンを揚羽黄柚子の胸と腹部の間に差し込もうとしているところだった。 「ちょっと、薫君。刺しちゃっていいの? 生きているんじゃないの?」  私は彼女が生きているように見えていた訳ではない。彼女は全く動いていない。人形のよう。標本にしようとしている時点で聞くだけ無意味ではあるが、後になって、虫ピンが刺さって穴が空いていることに不満を覚えてもらっても困る。また子供のようにコレクションを傷つけられたと言って癇癪を起こされも困るから聞いたのだ。 「大丈夫だよ。もうこの子の心は俺に取り込まれているから平気なんだ。あとは俺が彼女のそばでずっと見守ってあげるんだ。そうしてあげないと悲しむから……」
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