第5章 五匹目 褄黒白絵 Aパート

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第5章 五匹目 褄黒白絵 Aパート

「おはよう!」  朝、そう言ってスライド式のドアを開けて薫の病室に入って来た牡丹。  病室のカーテンは開いていた。薫は窓の外、今日も雨の降るどんよりとした空を見上げている。牡丹の挨拶に薫の返事はない。  私の声は聞こえているはずだけど、たぶん返事をする気分ではないのだろうと、牡丹は薫の後ろ姿を見て思った。 「朝ごはんだよ、薫君」  牡丹は朝食を乗せたトレーをテーブルに置いた。やはり、薫の反応はない。牡丹は薫の隣に立って表情をうかがった。 「何、見てるの? 面白いものあった?」  薫は無表情だった。視線は雨を降らす雲に向いているようだが、視点が合っていないような気もする。当然のことながら、薫が何を考えているのかわからない。  日に日に薫君の感情がわかり始めたのに、こうも静かになると逆に怖いなと、薫との距離感を感じていた。  牡丹は少しの間、薫の隣で一緒に窓の外を見ることにした。  灰色の雲が広がる下には、林が広がっているだけだ。晴れていれば、鳥が飛んでいる姿もちらほら見ることもできるが、今日は全く見れないだろう。
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