第二幕 二話

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第二幕 二話

喫茶店での話を終えた稲葉は、相談所へ帰る道に差し掛かっていた。 ただし、”ある地点”を通って。 太陽は既に西に傾き、雨が止んだ空は茜色に染まっていた。 この時間はよく、”影が伸びる”。 稲葉はいつものように、公園の前を通り過ぎた。 それも、極力、公園に影が入るように。 稲葉は横目で公園の様子を窺った。 中にいるのはベンチに座るサラリーマン風の男性と、ブランコで遊ぶ親子の姿だけだった。特に異変はない。 「今日も収穫はなし、か…」 稲葉はぼんやりと呟き、肩を落とした。 しかし、稲葉は、この点にはそこまでの期待は寄せていなかった。 幸運にも相談所に潜り込むきっかけとなったのが、稲葉の披露した『影を踏む少年』にまつわる怪談だが、実はあの話には嘘が盛り込まれていた。 勿論、あれを語ったのは体験を語り、そこで自分にも僅かながらのオカルトに関する知識があるんだと見せたところで、弟子として潜り込もうという目的がメインだった。尤も、あそこまで上手くいくとは思わなかったが。 だから、体験の内容そのものは正直、何でも良かった。その気になれば、インターネットに転がっている怪談を横流しにしても良いぐらいだった。しかし、嘘を吐く時には真実を何割増しに出来るかが重要であるという件の理論に則って、稲葉はあえて本当の自分の体験を語ることにした。 実際に稲葉は、相談所で語ったような怪異に、遭遇していた。ただしそれは、”五歳の時”であって、それきりの話なのだ。従って、先日に同様の少年を見たというのは、完全な虚言ということになる。 稲葉はここにも餌を蒔いていた。 単なる昔話を語るだけでは、夢奈から”アドバイス”を引き出すことができないからだ。 夢奈のアドバイスを引き出して、あえてそれを実践する。すると何が起こるのか、それを自分の目で確かめようという狙いが稲葉にはあったのだ。 先程の古川の例からも分かるように、彼女の”アドバイス”は曰くつきであるから、他人だけでなく、自分がやったらどうなるのか、と熱心な稲葉は、晴れた朝夕には必ず公園の前を通るようにしていた。 とはいえ、公園に何かがいたという話が、そもそも事実でないためか、目立った変化は現れない。こっちはアテが外れてしまったようだ。
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