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「あはは、お兄さん、悪い人だね」
夢奈がニヤリと笑う。
「壺を割ってしまったことは、完全に僕の責任なんですが…」
「その足音ってさ、どんな音?」
弁解をしようとする古川を遮り、夢奈が問う。
「えっと…踏みしめるような音、というよりは子供みたいな…」
「その壺の破片は、まだ家に置かれてるの?」
「そうですが…」
「なら、それ、処分しちゃった方が良いと思うよ」
夢奈がはっきりと言い切った。
私はちらりと夢奈の顔を窺った。口角を微かに上げ、目をまっすぐ向けている。それは、自信に満ち溢れた表情だった。
「え…?」
古川が戸惑っていると、
「結構ね、美術館ってそういうこと多いんだよ、お兄さん。やっぱり、人が力を込めて造ったものだから、そういう魂とかがウヨウヨいたりするの。美術館って。でも、話を聞いてると、それは多分、その壺に宿った魂というよりも、その美術館そのものに憑いてた魂、みたいな感じ」
堂々とした口調に、古川は気圧されている。
「足音もそうだけど、絵を外してそこに置いたり。まさに子供って感じだよね。多分ね、最初のうちはお兄さんの真似をして遊んでただけなんじゃないかな。一緒にパトロールして、みたいな。その中で、お兄さんに気づいて欲しくて絵を外したり、色んないたずらをしてたんだと思うよ」
「でも、あれは僕を怖がらせようと…」
「うん。だけどさ、よく考えて。害はなかったってお兄さん言ってたよね。だから、そこに悪い気持ちも、お兄さんを嫌う気持ちもなかった。でも、その子は気づいてしまったんじゃないかな。いつものようにいたずらをするために骨董品を触っていたら、一つ壺がなくなっていることに。状況から考えて、その壺はきっとその子の大切なものだったんだろうね。その子はものすごく悲しんだ。そうして、その壺を捜そうとして走り回った」
夢奈の推理はまたも筋が通っていた。
「ちょっと待ってくれよ。あれは僕を追いかけてたんんじゃないのか?」
混乱しているのか、砕けた口調で古川が問う。
「お兄さんは、勝手に逃げただけ。その子は、お兄さんのことを好きみたいだから、まさかお兄さんがやっただなんて思っていないんだよ」
「じゃあ、あの荒らし回った跡って…?」
「そう、探し回ってたの、その子は。多分、また夜になったら探しにくるんじゃないかな。今は気づかれていないみたいだけど、お兄さんが精神的に抱えているものを見たら、バレるのは時間の問題だよ。バレたら、その子はすごく怒るだろうね」
にやり、と夢奈が古川の目を覗き込む。
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