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「別に良いんだけどさ、これ書くためにやってるんだし」
「そうだけどさ、何か怖くない?文章にするのって」
「それって、言霊みたいなことを言いたいの?あのね、佳苗ちゃん。さっきのお兄さんにも言ったけど、そういうのはバランスなんだって。だから全く関係ないところで聞いた話とかを書いたぐらいで、変なことにはならないよ。まあ、佳苗ちゃんが超有名な小説家さんとかなら、話は別だけどね」
「何それ、私が売れない作家って言いたいの?」
冗談めかして言うと、
「うん。事実じゃん」
と言い切ってしまうのだった。
「あーあ。もうペロちゃんなしだね。折角あげようと思ったのに」
「ダメ!やっぱり佳苗ちゃんは人気者!超売れっ子作家!」
と焦り始めるのだった。
夢奈は見ていて本当に飽きることがなかった。愛嬌のある顔立ち。聡明に論理的に話をする時もあれば、唐突に甘えてきたり、ツンツンしたりするのだから、そのギャップに興奮せずにはいられないのだった。
強奪したペロちゃんキャンディーを満足そうに口に含む夢奈を愛らしく見ていると、
「あ、佳苗ちゃん。そろそろ、時間なんじゃない?」
指摘されてハッとする。
「ほんとだ、もうそろそろ行かないとね。夢ちゃん、準備しよう」
私は慌てて支度を始める。
今日は、出張の依頼が入っていたのだった。相談所の客の中には、ここに来られない者もいる。そうした人は大抵、電話やビデオ会議などで話を聞くのだが、場合によっては本人のところに来て欲しいという依頼が入ることもある。今回の相談者は高齢で住まいも遠く離れているということだったので、私たちが現地に赴くことになったのだった。
遠くまで向かうのは少し大変だが、稀にある出張は、私にとっては夢奈との楽しい遠足のように思えて、それもそれで悪くないのだった。何より、夢奈がこの出張を一番楽しんでいるのだった。
「佳苗ちゃん、早く早く!」
急かす夢奈に心を浄化されながら、私は足早に玄関に向かった。
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