第三幕 一話

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「やはり、あの美術館は呪われているんですかね…」 「呪いの原因は紛れもなく、あの壺ですよ。正直、こんな言い方はしたくないですが、あなたが壊した壺が、美術館の”バランス”を崩してしまった。それにより子供の魂が美術館にさまようこととなってしまった。それは、間違いないですよ」 「バランス、ですか。あの少女も確か、そんなことを言っていました」 「あれは、真実も織り込んできますからね」 ふん、と稲葉は鼻で笑うのだった。 「ねえ、古川さん。完璧な嘘のつき方って、何だか分かりますか?誰にも勘付かれないような。それは、”核心”以外を、出来るだけ真実で塗り固めることですよ。嘘において重要なのは、その中にどれだけ事実を盛り込んで、リアリティを持たせるか、ですからね。あの少女は、それを余すことなく実践しているんです」 「じゃあ、僕へのアドバイスは、やっぱり嘘だったんですかね?」 古川が怪訝そうに訊ねる。 「それは、あなたが既に証明しているじゃないですか。あの少女、夢奈はあなたに、『今まで通りに過ごしていれば大丈夫』と言った。しかし、結果としてそれを実践したあなたは、怪異に遭ってしまった。しかも面白いことに、美術館を去ったところで怪異は起こらなくなった。この符号が何を示すかは、もうお分かりですよね」 「少女のアドバイスは、誤りであった…」 「しかもそれは、故意的なね。素人が考えても分かることですよ、そんなものは。夢奈は言いました。『子供はまだ犯人が誰だか分かっていない』と。これほど馬鹿げた話はないですよね。壺が割られてから、夜にしか現れない子供は古川さんとしか会っていないのに、他に誰を疑おうというのですか?何者っかの手によって、大切な壺がなくなっている。見かけた人間は一人。それなのに夢奈はこう言った。『お兄さんのことは友達のように思っているから』と」 「あれは、嘘、だったんですか…?」 「当然、そうです。しかし、もっと決定的なのは、壺に関する彼女のアドバイスですよ。一般的に考えて、というか彼女自身の理論から導くと、壺がなくなってしまったことで、美術館のバランスが崩れたというのなら、どう考えても、その壺を極力元あった状態に戻す方策を講じるのが自然だと言えますよね。しかし彼女はあろうことか、その壺を完全に壊せと言った。バランスを保つどころか、後戻りできない状態を作り上げたんですよ?」 稲葉はそこで一つ間を置いた。
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