第一幕 一話

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「夜中に聞こえるのも、いかにもって感じだよね。お酒に酔った父親、あるいは母親が、なんて珍しいことでもないし。とにかく、そういう酷いことがされてたんだよ。ところが、ある日、行き過ぎた暴力のせいで誰かが死んだ。それは単純に子供かもしれないし、親を殺してから自殺したのかもしれない。そういう悲しい出来事が起こって、その部屋にはその子供の憎しみとか、色んなマイナスの感情だけが残された。取り壊されたのは、そこの管理人さんがそう決めたんだろうけど、そういうマイナスの感情が生んだものは、そこから離れるってあんまりないからね」 夢奈は言い切った。あっけらかんとした口調に、私も篠田も息を飲んだ。 「まあでも、もう特に篠田さんには何もないんじゃないかな」 「え?」 「だって、部屋を取り壊した音が聞こえたってことは、それで終わりじゃん。どう考えても。つまり、上の部屋から聞こえる音の怪異は終わりってこと。そもそも、篠田さんは巻き込まれたみたいな感じなんだよ、きっと。その512号室に住んでるっていうなら話は別だけど、下の階だから音が聞こえるだけなんだと思うよ。まあその音も、もうしばらくしたら聞こえなくなるだろうけどね」 篠田は初めて、強張っていた顔を緩めた。 「じゃあ、何もしなくて大丈夫、ということですか?」 「そうだと思うよ。所詮は上の部屋の問題なんだから。逆に、変に引っ越したり、お祓いしたりすると、目をつけられちゃうかも。だから、むしろ何もしない方が良いと思うよ」 篠田はまさに感動した、という表情になっていた。 「凄い…本当に説得力があって…何だか私、元気が出てきました。何もしなくて良いんですね!」 「うん。多分、それで問題ないと思うよ」 夢奈が屈託のない笑顔を見せた。 「今日はありがとうございました。本当に助かりました。アドバイス通りにしてみますね」 篠田は満足気に、幸せそうに事務所を後にした。
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