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僕の持っている中島緑のイメージは、あまりクラスの友人ともしゃべらず、いつも窓際でぼんやりと外の景色を見ながら、気だるそうにしているというものである。もちろん3年間帰宅部だ。
でも、今ここにいる中島緑はけっこうしゃべる人じゃないか。しかも何となく微妙な質問のしかたをしてくる。
「『聞き惚れる』は、分けられないよ。ただ、『聞き入る』じゃなくて、『聞き惚れる』なんだ。君の歌声、歌詞、雰囲気、すべてが僕の心に入って来たよ。文字通り、『聞き惚れる』……かな」
僕は答えた。中島緑は、セミロングのヘアを二つに束ねただけで、他の女子生徒に比べるとあまり洒落っ気はないようだが、普通にかわいいなと言う気持ちはある。でも『惚れる』という気持ちではないかな……。
「私の歌って、いいと思う?」
中島緑の先ほどの『惚れる』質問の時は悪戯っぽい目をしていたが、今の質問は、真面目で切実な思いを感じる目をしていた。
「うん。いいと思う。最高だと思う。だから聞き惚れてた」
「本当にそう思う?」
いやにしつこく確認してくるなあ。
その時、僕は気が付いた。中島緑も、自分自身の歌のうまさに気が付いているのかもしれない。それを評価してほしいのだ。
「君は、だれかに歌がうまいとか言われたことないの?」
「ない。幼稚園の頃、じいじとばあばに歌って『緑ちゃん、お上手ね』と言われて以来ない」
「そうか、君は人前で一人で歌ったことがないんだ」
「ない。恥ずかしいし」
「え、今は? 僕は君の歌を聞いていたよ。今は恥ずかしくないの?」
「うん。三上君は、恥ずかしくないよ」
いつもの中島緑の気だるそうな顔に戻ってこたえた。
「でも、三上君は何でここに来たの? まさか私を探して追って来たとか」
「まあ。そうかな。君が教室を出た後、何となく気になって……」
「え…………何で気になったの」
「はっきりいうよ。最近の君は何か僕と同じような雰囲気なんだ。何というか、何かが心の奥で疼いているけどそれを解放できない。どうしていいかわからないからほったらかしている感じかな……」
「何かよくわからないけど、それで」
中島緑は、手を広げてフェンスに体を預けて言った。
「三上君自身は心の疼きって何?」
聞きようによっては男女間の微妙な話のようなのだが、中島緑はいたってドライに聞いてきた。
「僕は、今わかったよ。自分の心の疼きが」
「へえ、何、何?」
「輝いている君の歌をみんなに聞いてもらうこと」
「え? 何で……」
「だから。君の歌に聞き惚れたからだよ」
「私の歌なんて……みんな聞きたいわけないよ」
「いや、君は本当に歌の上手い人だ。僕は自分の審美眼を信じてる。君が人前で歌って輝くところがありありとイメージできる。君は、やたら自分の歌に自信がないように言うけど、本当は歌いたいんだろう?」
中島緑は、小さくうなずいた。
「歌を歌うのは好き。でも、人の前で歌うなんて……」
「君と話してわかったよ。君は、歌いたいんだよ。それが君の心の疼きになってるんだ」
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