1 屋上の歌姫

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 僕の持っている中島緑のイメージは、あまりクラスの友人ともしゃべらず、いつも窓際(まどぎわ)でぼんやりと外の景色を見ながら、気だるそうにしているというものである。もちろん3年間帰宅部(きたくぶ)だ。  でも、今ここにいる中島緑はけっこうしゃべる人じゃないか。しかも何となく微妙な質問のしかたをしてくる。 「『聞き惚れる』は、分けられないよ。ただ、『聞き入る』じゃなくて、『聞き惚れる』なんだ。君の歌声、歌詞、雰囲気、すべてが僕の心に入って来たよ。文字通り、『聞き惚れる』……かな」  僕は答えた。中島緑は、セミロングのヘアを二つに束ねただけで、他の女子生徒に比べるとあまり洒落(しゃれ)()はないようだが、普通にかわいいなと言う気持ちはある。でも『惚れる』という気持ちではないかな……。 「私の歌って、いいと思う?」  中島緑の先ほどの『惚れる』質問の時は悪戯(いたずら)っぽい目をしていたが、今の質問は、真面目(まじめ)切実(せつじつ)な思いを感じる目をしていた。 「うん。いいと思う。最高だと思う。だから聞き惚れてた」 「本当にそう思う?」  いやにしつこく確認してくるなあ。  その時、僕は気が付いた。中島緑も、自分自身の歌のうまさに気が付いているのかもしれない。それを評価してほしいのだ。 「君は、だれかに歌がうまいとか言われたことないの?」 「ない。幼稚園の頃、じいじとばあばに歌って『緑ちゃん、お上手ね』と言われて以来ない」 「そうか、君は人前で一人で歌ったことがないんだ」 「ない。()ずかしいし」 「え、今は? 僕は君の歌を聞いていたよ。今は恥ずかしくないの?」 「うん。三上君は、恥ずかしくないよ」  いつもの中島緑の気だるそうな顔に戻ってこたえた。 「でも、三上君は何でここに来たの? まさか私を探して追って来たとか」 「まあ。そうかな。君が教室を出た後、何となく気になって……」 「え…………何で気になったの」 「はっきりいうよ。最近の君は何か僕と同じような雰囲気なんだ。何というか、何かが心の奥で(うず)いているけどそれを解放(かいほう)できない。どうしていいかわからないからほったらかしている感じかな……」 「何かよくわからないけど、それで」  中島緑は、手を広げてフェンスに体を預けて言った。 「三上君自身は心の疼きって何?」  聞きようによっては男女間の微妙な話のようなのだが、中島緑はいたってドライに聞いてきた。 「僕は、今わかったよ。自分の心の疼きが」 「へえ、何、何?」 「輝いている君の歌をみんなに聞いてもらうこと」 「え? 何で……」 「だから。君の歌に聞き惚れたからだよ」 「私の歌なんて……みんな聞きたいわけないよ」 「いや、君は本当に歌の上手い人だ。僕は自分の審美眼(しんびがん)を信じてる。君が人前で歌って輝くところがありありとイメージできる。君は、やたら自分の歌に自信がないように言うけど、本当は歌いたいんだろう?」  中島緑は、小さくうなずいた。 「歌を歌うのは好き。でも、人の前で歌うなんて……」 「君と話してわかったよ。君は、歌いたいんだよ。それが君の心の疼きになってるんだ」
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