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「そうかな。でも何で今頃、歌いたい気持ちが疼くの?」
「僕もそのことを考えてみた。思い当たることが一つあったよ」
「ええ、何、何?」
「全校合唱コンクールが来月あるじゃないか。最近ポスター掲示がされたり、音楽の時間に練習したりしてるだろ。それが刺激になってるんだと思う」
「そうだね。合唱はクラスみんなで歌うけど、人前で歌うんだもんね。上手に歌いたいなって気持ちになるよ」
「だろう。そこで僕は、優勝を狙いたい。君の歌声を前面に打ち出して、もちろん合唱だからクラスのみんなも歌うよ」
「合唱ってみんなで歌うんでしょう。あまり目立つのは……よくないんじゃない」
「なんで君は自分を抑えつけるんだ。それが君の気だるそうな雰囲気の原因だと思う。本当は思いっきり歌いたいんだろ? はじけるぐらいに。開放してやろうよ、本当の気持ちを。やりたいことをやろう」
「でも、みんなが何というか」
お、少しその気になって来たようなセリフだ。
僕は言った。
「それは、僕がなんとかする。僕は今度の合唱コンクールを、秩序良く並んで、おとなしく歌う普通のステージじゃなく、何か面白いことをやりたい。それが僕の心の望みなんだ。今、そのステージの中心に君がいる。そういうイメージが、僕を強く突き動かし始めたんだ。だから、このことをクラスのみんなに言って賛同してもらう」
自分で言いつつ自分で心が高鳴って来た。
「できたら、そのモチベーションが続くといいね。今は、気持ちが高ぶっていても何かのきっかけですぐにしぼんでしまうことはあるわ」
中島緑は、いたって冷静だな。確かに僕はいま気持ちが高ぶっているけど、ここを離れて教室に戻ってよく考えたら荒唐無稽で、なんであんなに燃えたんだろうと冷めてしまうかもしれない。よくあることだ。
でも、僕は覚悟を決めた。ダメもとで結構。やるだけやってみる。壁にぶち当たって砕け散ったほうが爽快だ。
「中島さん、いいよね。いまの話、みんなに持ちかけても」
「…………わかった。三上君を信じるよ。でも、晒し者だけはいやよ」
「君を晒し者なんてしない。絶対本当の君を輝かせて見せる」
「じゃあ、よろしくお願いしまあす」
中島緑は、まだ乗り気でないところがあるようだ。僕は、自分のアイデアに不安を覚えたが、大丈夫、彼女はきっと自分を解放する。と自分に言い聞かせた。
「もう僕は、教室に帰るから、この話は明日のロングホームルームの時間に提案してみるからね」
「どうぞ、ご勝手に。それで三上君の心の疼きが解消されるならいいけど」
「君の心の疼きも解消じゃなくて解放だ」
ずるずると座りこんだ中島緑を残して僕は教室に戻った。先生に「トイレ長かったな」といわれた。
この授業が終わるまで、中島緑は帰ってこなかった。
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