四 華燭(一)

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 華燭の典の前に、倖和殿の女官長が蓮花の部屋へ挨拶に訪れたが、女官長は五十代半ばのふくよかな体型をしており、おしろいの匂いがきつい婦人だった。結った髪に挿した簪には珊瑚、翡翠、青玉などが仰々しく飾られており、濃い橙色の襦裙に朱色の絹帯を締めていた。まるでこの倖和殿の女主人のような貫禄だ。王宮の細かな習慣については明日説明する、と言って去って行ったが、あの様子なら明日から蓮花にお妃教育と称して後宮のしきたりとやらを押しつけるつもりなのだろう。 (あの女官長は、口うるさかったお祖母様を思い出すわ。王宮は、王妃だからってなんでも思い通りになる場所だとは思っていなかったけれど、この様子だとわたしが思い描いていた三食昼寝付きの有閑王妃生活とはほど遠くなりそうね)  後宮でなくとも王妃としてそれなりにのんびりと暮らせるかと思いきや、かなり期待外れになりそうだと蓮花は肩を落とした。  蓮花が王位に就いた稜雅の妃になることが決まったのはほんの五日前だ。その二日後に蓮花自身に入宮が知らされ、大急ぎで準備をして今日を迎えた。  貴族令嬢としての嗜みはひととおり身についているが、お妃教育を受けてきたわけではない。  もともと桓家では蓮花を王の妃にする予定がなかった。  理由は単純で、一年前まで稜雅が王になることを想定していなかったのだ。 (諸侯の妻の方が、まだのんびりと過ごせた気がするのだけど、なんだって稜雅は王になってしまったのかしら。――あぁ、お父様のせいね)  芹那が淹れてくれた温かい茶を飲みながら、蓮花は父が稜雅を反乱軍の頭領に担ぎ上げたことを思い出した。  約十年前、稜雅の父・(ゆう)碇仆(ていふ)が亡くなった。  その後、稜雅は桓邸で(かくま)われるようにして過ごしたが、蓮花にとっては遊び相手ができたような気分だった。  二年近く桓邸で潜んでいた稜雅が地方へ行く際、彼は蓮花に求婚した。数年経ったら迎えにくるから待っていて欲しいと請われ、蓮花は頷いた。当時の王の孫のひとりだった稜雅は、いずれ諸侯のひとりに任ぜられるだろうと蓮花や家族は考えていた。
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