四 華燭(一)

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 まだ前々王の治世で、游碇仆の死が多少稜雅の将来に暗い影を落としてはいたが、稜雅が成人すればそれなりの身分と地位が得られると蓮花も信じていた。七、八年もすれば蓮花は稜雅と一緒に王都を出て、多少鄙びていても穏やかな風土の地方で暮らすのだからと、胡琴などは人並みに演奏できるていどで満足し、詩歌はそこそこ学び、刺繍より裁縫をするようにした。 (地方に行ったら馬に乗って出かけたり、市場を見に行ったり、都ではできないようなことをいろいろできると思っていたのに、八代目のせいでなにもかもできなくなってしまったんだわ)  さらに、稜雅が潦国九代目国王となったため、妃となった蓮花はほぼ一生王宮から出られない身となった。  かつて大叔母は後宮を「三食昼寝付きで友人がたくさんできる女の園」と教えてくれたが、その後宮すら現在の王宮にはない。  三食昼寝付きならなんとか達成できそうだが、女の園を作るためには年月が必要だ。 (諸侯の妻が駄目なら後宮で有閑王妃をしようと思ったのに、怠惰な生活ができそうな雰囲気がないわね。王が代わってすぐだから、仕方ないのでしょうけれど)  豆腐に杏、()()の実、桃の実などを混ぜて蜂蜜をかけた食後の菓子を頬張りながら、面倒ごとが嫌いな蓮花は王妃になったことをいくらか後悔し始めていた。  稜雅を頭領とした反乱は、(かん)(きん)の乱と呼ばれている。いつの間にか反乱に名がつけられ、世間に浸透したが、この乱に名をつけたのは蓮花の父である(きょう)だ。彼は、乱の正統性を世に示すため、稜雅が坎巾の乱を起こして暴君である隼暉を倒したとした。 (そういえば、坎巾ってどういう意味かしら。お父様に聞いたら「なんとなく響きがよさそうだからつけてみた」って良いそうだけど、それなりに考えてつけてはいるわよね? 稜雅は全然考えてなさそうだけれど)  満腹になった蓮花が茶を飲みながらぼんやりと考え事をしていると、芹那が「お下げしてよろしいですか」と尋ねたので、黙って頷いた。  下女たちはすばやく食卓から皿を下げて去って行く。  倖和殿で働く使用人たちのほとんどは赤鴉宮に詰めているらしい。
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