五 華燭(二)

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「え? 待ってください! 蓮花様、いったん眠ったら朝まで起きないじゃないですか!」  芹那が慌てて止めようとするが、蓮花はすでに頭を枕の上に載せていた。 「おやすみなさい」 「蓮花様ぁ! 今夜は特別にいまからお菓子食べていいですから起きてください!」  さすがに焦った芹那が絶叫したが、瞼を閉じた蓮花は、すぐに規則正しい寝息を立て始めた。      *  どうしても今日中に片付けなければならない書類だけ署名と御璽を押して(こう)()殿(でん)へ戻ってきた稜雅は、赤鴉宮の廊下を歩きながらいつになくあたりが静まりかえっていることに気づいた。  いつもは釣り灯籠に点す明かりの数は必要最低限としているが、今夜からは蓮花が赤鴉宮で寝起きすることもあり、すべての釣り灯籠に惜しみなく明かりを点けるよう命じてある。  数日でなんとか体裁を整えた庭木もよく見えるほど、赤鴉宮は明るい。  稜雅の姿に気づいた衛士たちが軽く会釈をする。  常に人に囲まれ、見られている状態が続いている王宮での暮らしは、稜雅にとって窮屈だった。  反乱軍を指揮している間は、ほとんど毎日野宿をしていたし周囲にはいつも仲間がいたが、息が詰まるようなことはなかった。  侍従が背後を付いて回ることも慣れることができない。  自分は空気のようなものだと思ってください、と従僕の(しゅう)(えい)()は言うが、人の気配を空気のように感じることはできなかった。  自室で寝ていても、扉を挟んで従僕が中の様子を(うかが)っていることがわかった。異変がないか心配してくれていることは理解していたが、どうにも落ち着かない。  享に(そそのか)されて王になどなるのではなかった、と稜雅は毎日十回は腹の中で愚痴っている。  とはいえ、一年前に享からの手紙で、蓮花が隼暉の後宮に無理矢理入れられそうだと知ったときの、怒りで全身の血が沸騰しそうだった感覚はいまでも忘れられない。隼暉を倒す以外に蓮花を救う方法はない、という享の一文は、稜雅に行動を起こさせるには十分だった。蓮花を都から攫ってくるだけですむ話なら楽だったが、隼暉は自分に逆らった桓家を許しはしないだろうし、稜雅と蓮花を探し出していたぶることも想像できた。  結局、稜雅は享の言うなりになって隼暉を倒すしかなかった。
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