一 入宮

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「王妃様におかれましては、陛下のご意向により、西四宮の補修が終わるまでの間こちらの赤鴉宮でお過ごしいただくことになっております」 「そうなの? それは聞いていなかったわ。芹那、あなたは知っていたの?」  軽く眉を顰めた蓮花は、すぐ後ろに控えている侍女に声を掛ける。 「いいえ。なにも存じ上げません」  蓮花とほぼ似た年頃の印象が薄い地味な侍女は、抑揚のとぼしい口調で答えた。 「まぁ……きっと、陛下はわざとわたしに黙っていたのね」  肩巾で紅を掃いた口元を隠しつつ、蓮花は武官たちには気づかれないように舌打ちする。  気づいたのは侍女の芹那だけだった。  とがめるような侍女の視線を背中で感じた蓮花は、すぐに笑顔を作った。 「蓮花!」  回廊の奥からばさばさと衣服がはためく音と一緒に、若い男の声が響いた。 「よく来たな! 待っていたぞ!」  若草色の簡素な(ほう)を纏った男は、王宮内だというのに(かんむり)などはかぶらず、腰に飾りのない剣を帯びている。首からはくたびれた革紐を通した赤鉄鉱の護り石を提げている。  背後には従僕らしい青年を連れているが、こちらの身なりの方が整っていた。 「陛下。お久しゅうございます。このたびはありがたくも――」  見覚えのある首飾りをしている彼がどうやら国王である游稜雅らしい、と判断した蓮花が膝を折り頭を下げてうやうやしく挨拶をしようとすると、男はそれを遮った。 「よそよそしい挨拶は不要だ。それよりも、そのように立っていては疲れるだろう? すぐに部屋に案内しようぞ」  いかにも妃が王宮に入るのを待ちわびていたといった様子の男に、居並ぶ武官たちはできるだけ顔を動かさないように努めつつ驚きを隠せなかった。  ほんの十日前、潦国第九代国王に就いたばかりの(ゆう)(りょう)()は、内乱で乱れた国内を平定するべく奔走する中、前王の代から宰相を務める(かん)(きょう)の娘、桓蓮花を王妃として迎えることを早々に決めた。  前王の(ゆう)隼暉(じゅんき)は暴政をおこない、潦国の政治は腐敗し、民は疲弊した。  先々代の王を祖父に持ち、公子であった父を叔父である隼暉によって殺され、城下に身を隠した後は地方を転々としていた稜雅が隼暉に反感を持つ貴族の支援を得て挙兵したのが一年前のこと。内乱の鎮圧は軍に任せ、自身は王宮に立て籠もっていた隼暉を、半月前ついに稜雅たちの軍勢が討ち果たした。
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