五 華燭(二)

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 隼暉を討ったことは後悔していない。彼によって人生を狂わされた者は大勢いたし、稜雅もそのひとりだ。祖父の時代とはまるで違う嵐のような三年間が、隼暉の治世だった。  もし、祖父があと数年長生きして、稜雅が地方のどこかの君主となり蓮花を娶った後に隼暉の暴政が始まっていれば、稜雅は叔父を討つことなど考えなかったはずだ。 (結局、俺だって身勝手な理由で叔父を手に掛けたのだから、血は争えないということなのだろうな)  ため息をつきながら足早に廊下を進んだ稜雅は、蓮花の部屋の前で女官ふたりと侍女がうなだれて立っている姿に目を丸くした。  まるで通夜のような静まりようだ。 「どうした? なにかあったのか?」  声を掛けると、侍女がぱっと顔を上げた。  それが芹那という名の桓家から蓮花に付き従ってやってきた侍女であることを稜雅は思い出した。彼が桓家で世話になっていた頃から、蓮花のそばにいた侍女で、当時は侍女というよりも蓮花の遊び相手だった娘だ。 「いえ、それが……その……」  歯切れ悪く芹那が答える。 「すでに蓮花様はおやすみになっておりまして……陛下がいらっしゃることは伝えてあったのですが」 「なんだ、そうか。今日は一日忙しかったようだから、疲れているのだろう」  蓮花が体調を崩したのかと心配した稜雅は、ほっと胸を撫で下ろした。 「陛下がいらしたら起こすようにと仰せつかってはいるので、少々お待ちいただけますか」 「別に無理に起こさずとも良い」  稜雅は慌てて止めようとしたが、芹那は勢いよく頭を下げると早口で告げた。 「一応、起こすように仰せつかっているので起こします! 起こして起きなかったら、起きなかった蓮花様が悪いと思ってください! あと、起きたあとにまた蓮花様がすぐ眠ってしまったら今夜は諦めてください!」  女官ふたりが「頑張って」となぜか侍女を応援している。  そこまでして起こさずとも、と稜雅は思ったが、すごすごと隣の自室に向かうのは気が引けたので、仕方なく待つことにした。 (別に、明日も明後日も蓮花はここにいるのだから、初夜だからといって臥所を共にしなくても良いのでは?)  蓮花が嫌だといえば、稜雅は無理強いするつもりはなかった。 (明日も明後日も、一年後も、十年後も――ここでこうして蓮花と過ごしていられるだろうか)
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