五 華燭(二)

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 ある日突然、骸になって屋敷に帰ってきた父の姿を思い出し、稜雅はじわりと脇に汗がにじむのを感じた。 (()()は安全だ。誰も蓮花を害することはない。ずっとこの殿舎に閉じ込めておけば、俺が王でいる限りは誰にも傷つけさせない)  もし起きなかったらせめて寝顔だけでも見てから部屋に帰ろう、と稜雅は考え直した。  安らかに眠っている姿を見れば、温かな肌に触れられれば、この沸き上がる不安も抑えられるはずだ。 (大丈夫だ、蓮花は、俺のそばにいる)  反乱軍の頭領として王都に攻め込んだときはこれほど蓮花の生死を気にすることはなかった。あの当時、もし蓮花が生きていなければ、隼暉を殺して自分も死ねばいいくらいに考えていた。常に死と向き合っていた日常の中では、死に怯えることはなかった。  両手を強く握りしめ、稜雅は深呼吸をした。 「陛下、お待たせしました! 蓮花様がお目覚めになりました!」  扉から顔を出した芹那が、早く早くと手招きする。  すぐに行かないと、また蓮花が眠ってしまうからだろう。  稜雅は慌てて部屋へと入った。 「あとは陛下の本懐を遂げるなり、お話をするなり、添い寝をするなり、お好きにしてください。こういうことはすべて夫に任せるものだと蓮花様は桓夫人より教わっておりますので!」 「え? それはどういう……」  芹那に背中を押されながら閨房に転がるようにして入った稜雅は、振り返ると芹那の姿はなく、部屋の扉がぴたりと閉められていることに気づいた。 (――桓夫人、あなた絶対『こういうこと』がどういうことか説明していませんよね!?)  かつて世話になった桓家の奥方のおっとりした顔を思い浮かべながら、さきほどの不安など吹き飛ぶ勢いで心の中で叫んだ。
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