一 入宮

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 桓家の娘といえば潦国貴族の中でも三本の指に数えられる姫君で、貴族に名を連ねていてもほとんどの男たちにとっては高嶺の花だ。しかも桓蓮花は宰相の掌中の珠であり正妃として入宮するのだから、王といえども出迎える際には最低でも略装が礼儀である。  王宮のしきたりにうるさい(てん)(れい)(がかり)なら、目くじらを立てて王に注意することだろう。  ただ、現在の王宮は人員不足で、王の無作法をいちいち咎める者はいない。 「陛下。こちらは赤鴉宮であると伺いましたが」 「あぁ、西四宮はすこし前に焼け落ちたのだ。赤鴉宮内もほとんど空き部屋だから、しばらくはこちらで過ごしてくれ」  上機嫌で桓蓮花の手を取り、赤鴉宮へと続く回廊へ導く王の顔は、政略結婚で娶った妃に対するものではない。  親しげに会話をするふたりの姿から、家臣たちは王が勢力固めと称してこの結婚を急いだ理由を悟った。  桓蓮花は十八歳になったばかりの娘で、潦国ではすでに嫁いでいてもおかしくはない年齢だ。この一年あまり、内乱により未婚の貴族たちは婚礼ができる状態ではなかったため嫁き遅れている子女も多い。蓮花もそのひとりとして数えられていたが、国が平定されたいまは続々と蓮花のもとへ縁談の話が持ち込まれているはずだ。  王が桓蓮花を妃にする、と言い出すのがすこしでも遅ければ、彼女は高位の貴族のもとへ嫁いだ後だっただろう。  仲睦まじく回廊を歩く新王と到着したばかりの妃の背中を見遣りつつ、先手必勝、と警備兵のひとりがぼそりと呟いた。  それを小耳に挟んだ同僚たちは、胸の中で強く同意した。  潦国の王宮に、第九代国王の最初の妃が入った。  ここから、潦国王宮の新たな時代が幕を開ける。
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