二 赤鴉宮(一)

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 隼暉の終焉の場所となったのは、西四宮のひとつ玄冬宮だった。そこで妃のひとりに刺された隼暉は、むごたらしい姿となって入城した稜雅を迎えた。それでも虫の息があった隼暉の首を、稜雅は黙って切り落とした。 (いまの稜雅を見ていると、そんな修羅場をくぐり抜けてきたようには見えないのだけど)  王に即位したのが疑わしいほどの軽装で赤鴉宮を歩く稜雅は、武人らしく鍛えた体躯の持ち主だ。かつて桓邸で匿われていた当時の少年の面影はほとんどない。青年になって声も低く太くなっており、周囲の態度から彼が游稜雅であろうと判断したが、懐かしいという感覚は湧かなかった。  蓮花が知る過去の彼は、王位に就くことなどまったく考えてもいなかった。  公子だった父の死後、しばらくは桓邸に身を潜めていたが、武官になりたいと言っては剣を振り回しているだけの少年だった。  蓮花よりも五つ年上だが、あまり年の差を感じさせない子供っぽさがあり、蓮花は実の兄と比べて話しやすい稜雅のことが気に入っていた。 「ここが蓮花の部屋だ」  廊下をしばらく歩き続け、さすがに王宮は桓邸よりも広いものだと感心していた蓮花は、稜雅の声につられるように視線を正面へと向けた。  女官がふたり、(ひざまず)いて待ち構えている。 「あちらが俺の部屋だ」 「――は?」  稜雅が指さす方向に目を遣った蓮花は、いぶかしげに首をひねった。  彼が言うところの「あちら」は、蓮花の部屋のすぐ隣だ。 「わたしの部屋の隣、に見えますが」 「うん。隣だ」  素直に稜雅が頷く。 「隣部屋の方がいろいろと便利だろう」 「――――なにが?」  思わず貴族の姫らしからぬ低い声で蓮花は問い質した。  貴族の屋敷では、夫婦の部屋を隣り合わせにすることはまずない。  王宮では、王の居室を東の殿舎に、妃たちの居室を西の殿舎にするのが習わしとなっており、さすがに西四宮が火災により使えないとなれば蓮花の部屋が東四宮の殿舎に用意されているのは理解できるとしても、王の居室がある赤鴉宮の、しかも王の部屋の隣に用意されているなど前代未聞のはずだ。 「会いたいときにすぐ顔を見られる」 「東四宮には、他にも殿舎がありますよね? (たい)(さい)(ぐう)(たい)(はく)(ぐう)月魄(げっぱく)(ぐう)の三つは、どなたかお使いですか?」
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