93人が本棚に入れています
本棚に追加
いくら稜雅が狭い部屋で構わないと言っても、王の部屋らしくない。侍従の部屋でも狭いくらいだ。
「どうだ? 気に入ったか? 足りない物があればすぐに用意させるぞ?」
蓮花の顔色を窺うように、稜雅が矢継ぎ早に尋ねる。
「えぇ、まぁ、気に入りました。ありがとうございます」
ほとんど棒読みの口調で蓮花は答えた。
一番気に入らないのは稜雅の部屋の隣であるということだが、それはいま文句を言うべきではないと思われたので、なんとか堪える。
「蓮花様。これはどこに置きましょうか」
ずっとふたりの後をついて歩いていた蓮花の侍女の芹那が両腕で抱えていた竹籠を差し出しながら尋ねる。
「あぁ、甯々ね」
芹那の腕の中に視線をやった蓮花は、部屋の中に入りながら「出してあげて」と命じる。
「なんだ? それは」
芹那が床に竹籠を下ろし蓋を開ける様子を、稜雅が物珍しげに眺める。
「猫の甯々です。六年ほど前から飼っているんですの。王宮に連れて行く許可は、父から貰っていますわ」
「もちろん、猫の一匹や二匹、連れてきて構わないが……雄か?」
「雄です」
稜雅の問いに答えたのは芹那だった。
蓮花は答えるのが面倒になったのか、優雅な仕草で椅子に座ると、女官が運んできた茶を飲み、蒸し饅頭に手を伸ばしている。
「雄だと、猫でも西四宮には入れない…………これが、猫か?」
竹籠の中から芹那が抱き上げた四つ足の生き物を凝視した稜雅が、蓮花に尋ねる。
「猫です。可愛いでしょう」
「可愛いかどうかは別として……猫……か?」
墨色のような毛にくすんだ金の瞳、ぴんと伸びた髭、垂れ気味の耳、なぜか口内から溢れている牙のような歯、それに肉球に隠れていない長い爪は、猫と呼ぶには異形だった。
「犬には見えないでしょう?」
「犬には見えないが、猫……にも見えない……こともない、か」
蓮花の上目遣いの視線を感じ、彼女が猫と主張するなら猫ということにしよう、と稜雅は途中で考え直したらしい。
甯々と呼ばれる異形の猫は、大きなあくびをすると、ぎろりと金の瞳で稜雅を睨んだ。
「甯々。今日からここでわたしたちは暮らすのよ。そこにいる見慣れない人は稜雅。この国の王様よ」
「蓮花。どうせなら、君の夫と紹介してくれないか?」
最初のコメントを投稿しよう!