二 赤鴉宮(一)

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 いくら稜雅が狭い部屋で構わないと言っても、王の部屋らしくない。侍従の部屋でも狭いくらいだ。 「どうだ? 気に入ったか? 足りない物があればすぐに用意させるぞ?」  蓮花の顔色を窺うように、稜雅が矢継ぎ早に尋ねる。 「えぇ、まぁ、気に入りました。ありがとうございます」  ほとんど棒読みの口調で蓮花は答えた。  一番気に入らないのは稜雅の部屋の隣であるということだが、それはいま文句を言うべきではないと思われたので、なんとか(こら)える。 「蓮花様。これはどこに置きましょうか」  ずっとふたりの後をついて歩いていた蓮花の侍女の(きん)()が両腕で抱えていた竹籠を差し出しながら尋ねる。 「あぁ、(ねい)(ねい)ね」  芹那の腕の中に視線をやった蓮花は、部屋の中に入りながら「出してあげて」と命じる。 「なんだ? それは」  芹那が床に竹籠を下ろし蓋を開ける様子を、稜雅が物珍しげに眺める。 「猫の甯々です。六年ほど前から飼っているんですの。王宮に連れて行く許可は、父から貰っていますわ」 「もちろん、猫の一匹や二匹、連れてきて構わないが……雄か?」 「雄です」  稜雅の問いに答えたのは芹那だった。  蓮花は答えるのが面倒になったのか、優雅な仕草で椅子に座ると、女官が運んできた茶を飲み、蒸し饅頭に手を伸ばしている。 「雄だと、猫でも西四宮には入れない…………これが、猫か?」  竹籠の中から芹那が抱き上げた四つ足の生き物を凝視した稜雅が、蓮花に尋ねる。 「猫です。可愛いでしょう」 「可愛いかどうかは別として……猫……か?」  墨色のような毛にくすんだ金の瞳、ぴんと伸びた髭、垂れ気味の耳、なぜか口内から溢れている牙のような歯、それに肉球に隠れていない長い爪は、猫と呼ぶには異形だった。 「犬には見えないでしょう?」 「犬には見えないが、猫……にも見えない……こともない、か」  蓮花の上目遣いの視線を感じ、彼女が猫と主張するなら猫ということにしよう、と稜雅は途中で考え直したらしい。  甯々と呼ばれる異形の猫は、大きなあくびをすると、ぎろりと金の瞳で稜雅を睨んだ。 「甯々。今日からここでわたしたちは暮らすのよ。そこにいる見慣れない人は稜雅。この国の王様よ」 「蓮花。どうせなら、君の夫と紹介してくれないか?」
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