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「お、おおはようっ。あの、満員電車が、にっ、苦手でっ」
焦って噛んじゃうのは、いつものことだ。
ふたりはそれを気にする様子もなく、短く相槌を打ってゲームの話をしながら通り過ぎていく。
言葉の続きを飲み込むと、大きなため息が漏れた。
相変わらず空回りしている自分が恥ずかしい。
小中学校が女子校だったせいもあって、高校に入学してから1ヶ月経っても男の子と話す時はすごく緊張してしまう。
自意識過剰だけれど、話しかけられただけで一大事だ。
パパの転勤がなければ、あのまま付属の女子高に進学していたのに。今もきっと平穏無事に過ごしていたはずだ。
いつまでもそんなことを思っていても仕方がないのはわかっているけれど、温室のように居心地のよかった前の学校がまだ恋しい。
「詩? 何ぼんやりしてるの?」
声をかけられて顔を上げると、前の席の香山由真ちゃんがいつの間にか登校してきていた。
ホッとして、頬がゆるむ。
「おはよう、由真ちゃん! 何でもないの。ちょっと数学の問題を考えてて」
由真ちゃんは、高校に入って最初にできた友達だ。
教室でガチガチになっていた私に、初めに声をかけてくれた。
まるで刷り込みされたひな鳥のようだけれど、姿が見えると安心する。
「数学? あ、今日11日だから当たっちゃうじゃん」
「間違えてるかもだけど、ノート見る?」
「わ、ありがとう!」
「由真だけズルい! 詩ちゃん、私も見せてっ」
やり取りを見ていた隣の席の江口夏梨ちゃんが、ぎゅっと身体を寄せてきた。
懐かしい感覚に、胸がくすぐったくなる。
やっぱり女の子はホッとする。
クラスに男の子はいるけれど、幸運なことに一番後ろの席に座る私の前も両隣も女の子だ。
そのおかげで、なんとか新しい学校生活を楽しめている。
そう思って、私はすっかり油断していた。
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