3.前途多難な石の日々

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「すごいね。あれ、全部ファンの子たちだよ」  夏梨ちゃんがあきれたように肩を竦める。  ファン……。  たしかにすごい人気だ。あの場所だけ密度も熱気も違う。 「有名な人なの?」 「えっ。詩ちゃん、気づいてないの?」  夏凛ちゃんが目を丸くして驚く。それから、ちょっと声を落として、 「今ぶっちぎりだった人、黒崎くんだよ。ほら、こっち来る」 「えっ」  反射的に振り向いた先に、こちらに歩いてくる黒崎くんの姿があった。  そういえば、水泳部だって由真ちゃんが教えてくれたような……。  記憶を辿りながらフェンスの向こうの集団を見て、黒崎くんには中学生の頃から熱狂的なファンがいたという話を思い出した。  たしかに、あの泳ぎを見るとファンになっちゃうのもわかる気がする。  つい目を離せずにいると、黒崎くんは頭にかけたバスタオルで髪の毛をガシガシと乱暴に拭きながら、隣を歩く部員さんと何かを話してふっと笑った。  あ。    ぎゅっと胸のあたりが苦しくなる。  そのことに戸惑いながら、私は彼に見つかる前にくるりと背を向けた。  ……黒崎くん、笑うんだ。  当たり前のことなのに、なぜかチクチクと胸が痛む。    これが何の痛みなのか、自分でもよくわからなかった。  本当に嫌われているんだと、改めて実感したのかもしれない。私は今まで、黒崎くんの不機嫌そうな顔しか見たことがなかったから。 「今年はあの1年くんが一番いい筋肉してるよね」 「やっぱり小さい頃から水泳してると肩幅すごいね。ガッツリ逆三角形」 「写真撮らせてもらいたいな」  先輩たちの話を聞きながら、撮影場所に置いてあるビート板やコースロープを移動させて整頓する。  新入部員が揃って撮影が始まり、私はなるべく黒崎くんの方を見ないように黒子に徹した。
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