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2.不機嫌な人
次の日から、受難の日々が始まった。
「黒崎、朝から不機嫌オーラすごいな」
「眠い」
「夜遊び?」
「朝練」
こんなふうに、前の席の長谷くんは事あるごとに彼の斜め後ろの黒崎くんに話しかけ、それに対して黒崎くんが不機嫌そうに短い返事をする。
「そんなだとモテないぞ。ね、北野ちゃんもそう思うよね?」
「えっ、あ、えっと……」
そして時々、こうして長谷くんに黒崎くんの反応の薄さや自分の意見への同意を求められて、私は毎回うまく答えられずに落ち込んだ。
私が口を開くたびに、黒崎くんから怒りの炎が出ている気さえしてくる。
考えた末に、ふたりが話す時はなるべく窓の外を見たりノートを書いているふりをして、話しかけられないように石になって必死に気配を消すことにした。
「大丈夫? 半日で顔が死んでるけど」
待ちに待ったお昼休み。
ベンチに座って膝の上でお弁当箱のふたを開きながら、由真ちゃんが横から私を覗き込む。反対側に座る夏梨ちゃんも、眉を下げて頷いている。
いつもは教室でお弁当を食べているけれど、疲れ果てて抜け殻になっている私を気遣って、ふたりが中庭に連れ出してくれた。
木々の葉がさわさわと優しく揺れる。心地よく通り抜けていく風に大きく息を吐くと、今日初めて呼吸ができた気がした。
「詩ちゃん、ほんとに男子が苦手なんだ。黒崎くんすっごくイケメンなのに、目の保養すらしないのもったいないなぁ」
「イケメン……」
「うん、かっこよくない?」
夏梨ちゃんに聞かれて黒崎くんの顔を思い出そうとしてみたけれど、日に焼けた不機嫌そうな表情しか浮かばない。
まともに彼を見たのはあの一度っきりで、怖かったことしか印象に残っていなかった。
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