2.不機嫌な人

3/12
前へ
/191ページ
次へ
 ……どうしよう。  英語の教科書がないと気づいたのは、授業が始まってすぐのこと。  中庭から戻ってきたのがお昼休み終了ギリギリだったから、前もって準備する時間がなくて忘れたことに気づかなかった。  今さら借りにも行けないし、もちろん見せてほしいなんて頼めない。  とりあえずノートを開いて先生の目をごまかして、長谷くんの背中に隠れてやり過ごそう。  そう思っていたけれど、間の悪いことに今日は私の出席番号と同じ12日だった。 「じゃあ、次のページを……12番北野、読んで」 「は、はいっ」  当てられたことに動揺して、思わず大きな声で返事をしてしまう。  でも、読めるわけがない。 「どうしたの? 15ページだよ」 「あ、いえっ。あの、すみません……教科書を忘れてしまって」    おずおずと申し出ると、先生は肩を竦めてとんでもないことを言った。 「早く言えばいいのに。黒崎、机をつけて見せてあげて。じゃあ、22番中村、代わりに読んで」  え、ええええ……!!!  机をつけて、黒崎くんに教科書を見せてもらう……考えただけで息が止まりそうになる。  けれど、断ろうにも、先生はすでに授業を再開してしまっていた。  どうしよう、どうしたら……。 「北野」  突然低い声で名前を呼ばれて、心臓が口から出そうなくらいびっくりした。 「は、はいっ」  必死に声を絞り出したけれど、かすれて吐息みたいになった。
/191ページ

最初のコメントを投稿しよう!

69人が本棚に入れています
本棚に追加