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「康太が生まれたちょうどその年に、不思議な光をまとう隕石が地球に落ちてきた。それをきっかけに太陽光とは別の光が地球に降り注ぐようになった」
康太は、父親が寝る前に話してくれるその話がお気に入りだった。
「隕石が落ちるまではどんな世界だったの。どんな風に世界が見えていたの」
決まって聞くその質問に父はいつもこう答えた。
「そうだね、僕らは何も見えていなかったよ」
父親の憂いに満ちた表情が今も脳裏に焼き付いて離れない。
「おやすみ」
父親がそう言いながら肩を叩いて去って行くのが、好きだった。
「太陽光で見えなかったものが、新たな光によってなぜ見えるようになったのか。その研究は今も進められています」
オープンキャンパスで、教授が話していた。かつて、宇宙に関する研究で名を轟かせていた人だ。その光が地球に届くようになってから、20年が経過していた。
「なぜ、その星が生まれたことに気づかなかったのでしょう」
「気づけなかったからよ」
教授は決まってそう答えた。
「別の光が届くまでは、私たちには見えてないものがあるなど思いもしなかった。星についても同じよ。理論上では存在しなかったの。あり得なかった。私たちの技術では、認知し得なかった。ただそれだけのことよ」
淡々と話す教授の口調には、たしかに悔しさがにじみ出ていた。
「解明されていないことが多々あるのはわかっていたけれど、あまりにもその存在は大きかった」
康太は思わず手を挙げた。教授が頷いたので、立ち上がる。
「いつかは全て、解明されるのでしょうか。人類が宇宙の全てを理解する日は来るのでしょうか」
「人類には成し得ないかもしれないわね」
教授はしばらくすると、クラスへ顔を出さなくなってしまった。大学もそのうち、閉鎖されてしまった。
「康太、人類はあの日までまるで地球のことは全て知った気になっていたんだ。科学者はそうではなかったかもしれないけれどね」
「なぜ物知りな科学者の方がそう思っていなかったの」
「なんでも情報が手に入る世の中だったからさ。片手でスマホをいじれば、なんでも調べることができた。普通の人はね、そうやって調べた知識を自分のものだと勘違いしていたんだ」
「そんなはずがないのにね」
このやり取りをした父親が後者であったことは知っていた。けれど、咄嗟にそう口走ってしまったのだ。
あの時以来、人類は打ちひしがれてしまった。こんなにも見えていないものがあったなんて。自分たちはなんて無知だったのだ、と。
新しい世界が見えるようになった世代を、世間ではこう呼んだ。プア世代、と。
「プア世代、かわいそうな世代って意味だろ。大人はいつだって若者に身勝手な名前をつけたがるよな」
友人である英一の言葉に、康太は大きく頷いた。
「プア世代も二手に分類されるらしい。聞いたことあるか」
「なんだよ、それ」
「一つは、人類のちっぽけさを知った大人に育てられて自信を知らない若者。もう一つは、好奇心を刺激された大人に育てられて研究の道に走る若者。割合は、9:1らしいけど」
7年前にやっていた情報番組の受け売りだ。康太もきっとそれをわかっている。
「今だったら、もう一つあるんじゃないか」
思わず英一の顔を見る。彼の寂しげな目が、全てを語っていた。
「宗教に走る若者、だよ」
「一番まともなことを言ってる気がするんだ」
二人の友達であった修斗が消える直前、よくそんなことを言っていた。
「人類にはわからないことが多すぎる。神様の存在を信じれば、全てに合点がいくんだよ。」
「全てに合点がいく必要なんてあるのか。わからないことがあっても良いじゃないか」
英一の掴んだ手を修斗は振りほどいた。その日以来、彼の姿は見ていない。
やがて、修斗のような若者は後を絶たなくなった。
「見えないものが見えるようになるってそんなに嫌なことなのかな」
「自分の見ていた世界が嘘だったと言われたように、全てを否定されたような気持ちになるらしいよ」
父からよく聞かされた話だ。
「康太、お前はさっきの分類のどれに当てはまるんだ」
「僕は、どれでもないよ。ただ、父の魂を戻してあげたい」
僕はそう言って、空中に目をやった。無数に浮かぶ魂のその中に僕を見つめている魂があるのがたしかにわかった。
「これが見えていなかったなんて、想像できないよな」
康太が手を広げると、魂がそれを避けるように四方へと散らばっていった。
「英一の両親は、どうしているんだ」
「俺の親父もお袋も、修斗みたく消えたよ。だから俺は、修斗のこと引き止めたかったんだけど」
言葉とは裏腹に、英一の顔はどこか清々しくも見えた。
「まあでも何が正しいのかわからないならさ、自分の信じるものがきっと正しいんだよな」
康太は何も言わずに頷いた。
寂れた街の中を語り合いながら、練り歩く。
「まるで伝染病が流行って、俺たちだけが生き残ったみたいだな」
笑えないジョークだった。英一も笑ってなどいなかった。
「俺たちに未来はあると思うか」
「見えていないだけで、きっとあるよ。僕ら人類はそれを学んだはずなんだ」
英一が顔に笑みを浮かべた。
じゃ、と手を振る彼の背中を目に焼き付けた。またな、といつもの彼のセリフをその影に投げかけた。
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