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「もういいだろう、帰るぞ」
「……うん」
「あまり水の側に行くなと言ってるだろ、川だって怖いのに海なんてもってのほかだ……わかってるよな?」
優しげな目つきに反し、理人の視線はとても強い。
無言で立ち上がって俯きながら、海辺を去る理人の後をついて歩く。
耳に優しいさざ波の音は、心を落ち着かせながらも切なさを奏でる歌のようだった。
私は届かない海に、永遠の片恋をしているのかもしれない。
「涼ねえも今日は早く帰ると言っていたし、もう少ししたら来るだろ」
吉川涼風は私の十歳上のお姉ちゃんだ。歳は離れているけれど、紛れもない実の姉妹だ。
お姉ちゃんは沖縄の中心部である那覇の総合病院で外科医として働いている。
私の肺の疾患を調べ、治したいという気持ちが高じて医師になった。
身内の手術は私情が入り冷静な判断ができないという一説から、あまりよしとはされていない。
それでも禁止はされていないので、お姉ちゃんは必死に学び、成果を出し、手術の経験を積み、いつか来る私のその時のため、準備を整えてくれている。
お姉ちゃんも理人と同じ、完璧な人格者だ。
こんな人を姉に持って、私はなんて幸せなんだろう、と——。
そう思わなければ私はきっと、とんでもなく罰当たりな人間になってしまう。
砂浜を出てコンクリートで舗装された道をしばらく歩くと、地方の観光地によくあるような、焦茶色の木造りの小ぢんまりとした売店が現れた。
「暑いな、何か飲み物を買って来る」
「うん、じゃあ、私はここで待ってるね」
売店の出入り口の片隅に背を預けた。
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