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「中に入らないのか?」
「外、見てたいから。理人だってせっかく来てくれたんだから、よく見といた方がいいよ」
「俺は別に、田舎に興味なんかない。陽波のために来ただけだからな」
理人は軽くあしらうように言うと、小さな家屋に入って行った。
私たちが住む大都会と呼ばれる場所では、決してお目にかかることができない自然の数々。
太陽が浮かぶ空から海、それを彩るような色鮮やかな草花は、天地をひっくるめた大きなキャンパスの絵のようで、いくら見ても飽きない。
けれど、理人にとっては違うらしい。
同じ言葉でも受ける人によって解釈が異なるように、同じ景色でも同じように目に映るとは限らない。
「もったいないな……」
潮風に頬をくすぐられ、肩にかかるセミロングの髪が靡く。
生まれつき色素が薄い私は、茶色みがかった髪をハーフアップにし、貝殻の飾りがついたバレッタで留めていた。
砂浜から離れても辺り一面は海のまま、今いる歩道の少し先にはテトラポッドがたくさん詰まれている。
遠方に見える一隻の船が、速度を落とし、やがて岸辺に止まった。
客船ではないと一目でわかる、小さな船だ。
大人が十人も乗れば満員だろうか、浅くて縦に長く、先が三角状に伸びている。
白っぽい船体はややくすんでおり、長年に渡り使われているのが見て取れた。
“蒼凪丸”と墨のような文字で書かれた漁船の上では、五、六人の男性が何やら話をし、手にした網から魚を取り出したりしている。
その中で、一際目を惹く“彼”を見つけた。
長い前髪を煩わしそうに手の甲で拭いながら、周りの人たちの話を聞いているように見える。
年配男性ばかりの中に一人だけ紛れた若々しい彼は、離れた場所からでも目を奪われるほど十分にその存在感を放っていた。
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