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元飼い猫
猫が居たんだ。居るはずのない猫が。
「ミャア」
空を見上げてた僕は、その声で現実に引き戻された。
......いや、これは現実なのか?
「え、おま、お前、え?」
だって目の前に居たのは、去年死んだ筈の『元飼い猫』だったから。
「ミャア」
『元飼い猫』は同じ言葉を繰り返す。まるで、僕を呼ぶように。
「ミャア、ミャア」
声の間隔が狭くなる。僕は何故か、「急いで、早く」と言われているような気になる。猫が走り出す。無意識に、僕は猫の後を追った。
フワッ
かぶっていた麦わら帽子が風と戯れる。
僕はそれを許してやって。
何処に行くのかわからないまま、僕は猫を追いかけている。ふと、僕はこの猫と出会った時のことを思い出した。
〈過去〉
冬。頬を切り裂くような冷たい風が、僕のところへ遊びに来る。
「うー、さっむ。なんだよ今日は。これで雪でも降ってくれたら、少しは冬も楽しめるってのに」
一年の中で冬が一番嫌いな僕は、学校からの帰り道、自分の力ではどうにもならない、『気候』相手に苛立ちを覚える。
「ミャア」
かすかに聞こえる鳴き声。
すぐ目の前の空き地に、それは居た。
段ボール箱に入った猫。大人の。箱の中には、薄い毛布が一枚と、キャットフードが少し。誰が見ても『捨て猫』だ。
僕はゆっくりとそばによった。
「お前、捨てられたの? ごはん食べてる? いくら猫ったって寒いよな。ちょっと待ってて」
そう言って一度帰宅し、家にある一番暖かそうな毛布を勝手に持ち出した。
「はい、これでちょっとはマシになるだろ。よっこいしょ」
僕は毛布をかけてやって、段ボール箱ごと猫と一緒に家に帰った。
「そういえば、こいつの名前って何だろう」
僕は走りながらふと我に返って、単純な疑問を口にした。
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