6人が本棚に入れています
本棚に追加
「そういえば、こいつの名前って何だろう」
僕は走りながらふと我に返って、単純な疑問を口にした。
この猫は捨て猫っぽかったけど、いつか飼い主が迎えに来たときのために、名前をつけずに飼っていた。これが、僕が『元飼い猫』と呼ぶ理由だ。これは僕が言い出したことで、初めは家族みんな何言ってんだって顔してた。でも、そのうち慣れてきて、「おーい」とか「お前」とかって呼ぶようになった。
そんな素っ気無い呼び方なのに、こいつはいつでも、「ミャア」と言って元気にこたえてくれる。僕はそれが愛おしくて。
......その分、こいつが死んだ時はショックがデカかった。
病気もせず、毎日元気にすごしていた『元飼い猫』はある日突然、ぬいぐるみになった。歩かない、走らない、鳴かない。なにより、眼を開かない。
僕は完全に動かなくなったそれを、ある神社に埋めた。猫祀社(ねこまつりのやしろ)。この神社は死んだ猫を弔うための神社で、誰もが自由に使える。
「ミャア」
僕はまた、その声で現実に引き戻された。
足を止め、顔を上げると、見たことのない石像があった。心なしか、『元飼い猫』に似ている。ような気がする。
僕はいつの間にか、猫祀社に来ていた。
「あれ? おーい、どこ行ったー?」
『元飼い猫』は、煙のように消え失せていた。僕はワケもなくただ自分の幻覚を追いかけて、ワケもなくただ神社に走ってきた。ということになる。
「何だったんだろ、あれ」
僕は帰ろうと、神社に背を向ける。
ポツリ、ポツリ
雨。夏の午後に降る雨。
僕は『元飼い猫』に遊ばれたのだろうか。呼びかけてきたから何の用だと思って追いかけたら、跡形もなく消え失せ、挙げ句の果てには雨に降られる。
一体、あの猫は何が目的だったのだろう。それだけがわからないまま、僕の夏休みは幕を閉じた。
最初のコメントを投稿しよう!