元飼い猫

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「そういえば、こいつの名前って何だろう」 僕は走りながらふと我に返って、単純な疑問を口にした。 この猫は捨て猫っぽかったけど、いつか飼い主が迎えに来たときのために、名前をつけずに飼っていた。これが、僕が『元飼い猫』と呼ぶ理由だ。これは僕が言い出したことで、初めは家族みんな何言ってんだって顔してた。でも、そのうち慣れてきて、「おーい」とか「お前」とかって呼ぶようになった。 そんな素っ気無い呼び方なのに、こいつはいつでも、「ミャア」と言って元気にこたえてくれる。僕はそれが愛おしくて。 ......その分、こいつが死んだ時はショックがデカかった。 病気もせず、毎日元気にすごしていた『元飼い猫』はある日突然、ぬいぐるみになった。歩かない、走らない、鳴かない。なにより、眼を開かない。 僕は完全に動かなくなったそれを、ある神社に埋めた。猫祀社(ねこまつりのやしろ)。この神社は死んだ猫を弔うための神社で、誰もが自由に使える。 「ミャア」 僕はまた、その声で現実に引き戻された。 足を止め、顔を上げると、見たことのない石像があった。心なしか、『元飼い猫』に似ている。ような気がする。 僕はいつの間にか、猫祀社に来ていた。 「あれ? おーい、どこ行ったー?」 『元飼い猫』は、煙のように消え失せていた。僕はワケもなくただ自分の幻覚を追いかけて、ワケもなくただ神社に走ってきた。ということになる。 「何だったんだろ、あれ」 僕は帰ろうと、神社に背を向ける。 ポツリ、ポツリ 雨。夏の午後に降る雨。 僕は『元飼い猫』に遊ばれたのだろうか。呼びかけてきたから何の用だと思って追いかけたら、跡形もなく消え失せ、挙げ句の果てには雨に降られる。 一体、あの猫は何が目的だったのだろう。それだけがわからないまま、僕の夏休みは幕を閉じた。
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